・・・あの石河岸の前へ来るまでは、三人とも云い合せたように眼を伏せて、見る間に土砂降りになって来た雨も気がつかないらしく、無言で歩き続けました。 その内に御影の狛犬が向い合っている所まで来ると、やっと泰さんが顔を挙げて、「ここが一番安全だって・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
裸の娘 その日、朝から降り出した雨は町に灯りがつく頃ふとやみそうだったが、夜になると急にまた土砂降りになった。 その雨の中で、この不思議な夜の事件が起ったのである。 不思議といえばよいのか、風変りとい・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・朝眼をさますと土砂降りだった。龍介はがっかりして蒲団にもぐりこんでしまった。変な夢ばかりを見て、昼ごろに眼をさました。これで三度だめになった。そしてこういうことが、彼の気持をもズルズルにさした。彼はその間ちっとも落ちつけず、何んにも仕事がで・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
小寒に入った等とは到底思われない程穏かな好い日なので珍らしく一番小さい弟を連れて植物園へ行って見ました。 風が大嫌いで、どんな土砂降りでもまだ雨の方が好いと云って居る程の私なので今日の鎮まった柔かな日差しがそよりともし・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
去年の八月の末、谷川君に引っ張り出されて北軽井沢を訪れた。ちょうどその日は雨になって、軽井沢駅に降りた時などは土砂降りであった。その中を電車の終点まで歩き、さらに玩具のように小さい電車の中で窓を閉め切って発車を待っていた時の気持ちは、・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫