・・・が、こちらは元より酒の上で、麦藁帽子を阿弥陀にかぶったまま、邪慳にお敏を見下しながら、「ええ、阿母さんは御在宅ですか。手前少々見て頂きたい事があって、上ったんですが、――御覧下さいますか、いかがなもんでしょう。御取次。」と、白々しくずっきり・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・『マアお上がんなさいな、今日はどちらへ。』お神さんは幸吉の衣装に目をつけて言った。『神田の叔父の処へちょっと行って来ました、先生今晩お宅でしょうか。』幸吉の言葉は何となく沈んでいる。『在宅るとも、何か用だろうか。』『ナニ別に・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ さいわい先生は御在宅であった。私は大隅君の上京を報告して、「どうも、あいつは、いけません。結婚に感激を持っていません。てんで問題にしていないんです。ただもう、やたらに天下国家ばかり論じて、そうして私を叱るのです。」「そんな事は・・・ 太宰治 「佳日」
・・・うれしや、主人は、ご在宅である。右手の甲で額の汗をそっと拭うた。女中に案内されて客間にとおされ、わざと秀才の学生らしく下手にきちんと坐って、芝生の敷きつめられたお庭を眺め、筆一本でも、これくらいの生活ができるのだ、とずいぶん気強く思ったもの・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・御年始に行き、お詫びとお礼を申し上げた。それから、ずっとまた御無沙汰して、その日は、親友の著書の出版記念会の発起人になってもらいに、あがったのである。御在宅であった。願いを聞きいれていただき、それから画のお話や、芥川龍之介の文学に就いてのお・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・たとい在宅であっても、きっとなりふりかまわず、何か仕事をしている。よほどの仲よしか、親類ででもなければ、電話で用だけ足して会わないで帰っても何とも云えない風習ですから、家中空になっても私共が、日本で経験するような不便、不都合はありません。・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫