・・・「ジェズスは我々の罪を浄め、我々の魂を救うために地上へ御降誕なすったのです。お聞きなさい、御一生の御艱難辛苦を!」 神聖な感動に充ち満ちた神父はそちらこちらを歩きながら、口早に基督の生涯を話した。衆徳備り給う処女マリヤに御受胎を告げ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・は、イエス・クリストに非礼を行ったために、永久に地上をさまよわなければならない運命を背負わせられた。が、クリストが十字架にかけられた時に、彼を窘めたものは、独りこの猶太人ばかりではない。あるものは、彼に荊棘の冠を頂かせた。あるものは、彼に紫・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・私自身の地上生活及び天上生活が開かれ始めねばなりません。こう云う所まで来て見ると聖書から嘗て得た感動は波の遠音のように絶えず私の心耳を打って居ます。神学と伝説から切り放された救世の姿がおぼろながら私の心の中に描かれて来るのを覚えます。感動の・・・ 有島武郎 「『聖書』の権威」
・・・ 矢や銃弾も中らばこそ、轟然一射、銃声の、雲を破りて響くと同時に、尉官は苦と叫ぶと見えし、お通が髷を両手に掴みて、両々動かざるもの十分時、ひとしく地上に重り伏せしが、一束の黒髪はそのまま遂に起たざりし、尉官が両の手に残りて、ひょろひょろ・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ひかって青い光が破裂すると、ぱらぱらッと一段烈しう速射砲弾が降って来たんで、僕は地上にうつ伏しになって之を避けた。敵塁の速射砲を発するぽとぽと、ぽとぽとと云う響きが聴えたのは、如何にも怖いものや。再び立ちあがった時、僕はやられた。十四箇所の・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・まず、平生通りの調子でこだわりのない声を出したかの女の酔った様子が、なよなよした優しい輪廓を、月の光で地上にまでも引いている。「また青木だろう?」「いいえ、これから行くの」「じゃア、早く行きゃアがれ!」僕はわざとひどくかの女を突・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・と、独り言をして、いつまでも聞いていますと、そのうちに日がまったく暮れてしまって、広い地上が夜の色に包まれて、だんだん星の光がさえてくる時分になると、いつともなしに、その音色はかすかになって、消えてしまうのでありました。 また明くる・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ただ、この地上にいる間は、おもしろいことと、悲しいこととがあるばかりで、しまいには、魂は、みんな青い空へと飛んでいってしまうのでありました。 いま、車に乗せられて、うねうねとした長い道を、停車場の方へといった天使は、まことによく晴れわた・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・登勢も名を知っている彦根の城主が大老になった年の秋、西北の空に突然彗星があらわれて、はじめ二三尺の長さのものがいつか空いっぱいに伸びて人魂の化物のようにのたうちまわったかと思うと、地上ではコロリという疫病が流行りだして、お染がとられてしまっ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ ええ情ないと、気も張も一時に脱けて、パッタリ地上へひれ伏しておいおい泣出した。吸筒が倒れる、中から水――といえば其時の命、命の綱、いやさ死期を緩べて呉れていようというソノ霊薬が滾々と流出る。それに心附いた時は、もうコップ半分も残っては・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫