・・・ ともかく、彼は監督に頼んで執務室に火を入れてもらって、小作人を一人一人そこに呼び入れた。そして農場の経営に関する希望だけを聞くことにした。五、六人の人が出はいりする前に、彼は早くもそんなことをする無益さを思い知らねばならなかった。頭の・・・ 有島武郎 「親子」
・・・彼は、きょうの出来事はすべて忘れたような顔をして、のろのろと執務をはじめる。「とにかく、あの放送は、たのしみだなあ」 下僚は、なおも小声でお世辞を言う。しかし、この下僚は、少しも楽しみだと思っていないし、実際その放送の夜には、カスト・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・東京の街を行進している時だけでなく、この女の子たちの作業中あるいは執務中の姿を見ると、なお一層、ひとりひとりの特徴を失い、所謂「個人事情」も何も忘れて、お国のために精出しているのが、よくわかるような気がします。 つい先日、私の友人の画か・・・ 太宰治 「東京だより」
・・・ちょうど、執務中なので、君の家の泉州という料理屋に行って待っていた。萩原君はそこの二男か三男で、今はH町の郵便局長をしているが、情深い、義理に固い人であるのは、『日記』の中にもたびたび書いてあった。その日はそこでご馳走になって、種々と小林君・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・例えば某ビルディングの某会社のある窓の内に執務している甲某にその友人乙某が百メートルも先の街上から何かしらある信号を送るということがあり得るであろう。「今夜一処にビールを飲もう」というくらいの罪のない信号である場合もあろうが、もう少したちの・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・したがって芸術家に対しては今申した資本家教育者などの執務ぶりや授業ぶりはあてはまらない。がその個人的に出来上った芸術家でも、彼ら同業者の利益を団体として保護するためには、会なり倶楽部なり、組合なりを組織して、規則その他の束縛を受ける必要がで・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・天下の男子は陽性なるが故に、陽は昼にして明なり、万事万端に通じて内外の執務に適し、殊に人倫の道に明にして品行最も正しく、内君に対して交情最も濃なりと言うか。果して然らんには甘んじて之に従い之に謀る可しと雖も、今の世間の風潮に於ては其保証頗る・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・能率よく民主化された執務の方法ということは、人間らしさをとりもどしてゆくための真面目な課題となって来ているのである。〔一九四七年六月〕 宮本百合子 「いのちの使われかた」
・・・ 長い時間立ったままで働く女、又は椅子にかけたなりで一日中執務しているような女の体には子宮後屈が多く、不姙その他の不幸を女と男との一生にもたらすことは周知の事実である。ソヴェトでは働く婦人の健康の特にこの点を注意して、新しく制定された工・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ 電車が途絶えた折からで、からりとした夜の大通りの上に赤青の信号燈が閃き、普段の夜のとおり明るい事務所の内で執務している従業員の姿が外から見えた。何心なく行くと、引込線の通った車庫のわきに一寸した空地のような場処がある。その叢の物かげに・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
出典:青空文庫