・・・例の通りに白壁のように塗り立てた夫人とクッつき合って、傍若無人に大きな口を開いてノベツに笑っていたが、その間夫人は沼南の肩を叩いたり膝を揺ったりして不行儀を極めているので、衆人の視線は自然と沼南夫妻に集中して高座よりは沼南夫妻のイチャツキの・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 折々――というよりは煩さく、多分下宿屋の女中であったろう、十二階下とでもいいそうな真白に塗り立てた女が現われて来て、茶を汲んだり炭をついだりしながら媚かしい容子をして、何か調戯われて見たそうにモジモジしていた。沈毅な二葉亭の重々しい音・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・手を振り腰を振りして、尖がった狐のような顔を白く塗り立てたその踊り子は、時々変な斜視のような眼附きを見せて、扉と飲台との狭い間で踊った。 幾本目かの銚子を空にして、尚頻りに盃を動かしていた彼は、時々無感興な眼附きを、踊り子の方へと向けて・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・朱や緑で塗り立てたジャンクがたくさんに通る。両岸の陸地にはところどころに柳が芽を吹き畑にも麦の緑が美しい。ペンク氏は「どこかエルベ河畔に似ている」と言う。…… ……宿の小僧に連れられて電車で徐家ジカウェイの測候所を見に行く。郊外へ出ると・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 人家の屋根に日を遮られた往来には海老色に塗り立てた電車が二、三町も長く続いている。茅場町の通りから斜めにさし込んで来る日光で、向角に高く低く不揃に立っている幾棟の西洋造りが、屋根と窓ばかりで何一ツ彫刻の装飾をも施さぬ結果であろう。如何・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・而も、その建物を塗り立てたペンキの青さ! 毛虫のように青いではないか。私の驚きに頓着せず俥夫は梶棒を下した。ポーチに、棕梠の植木鉢が並べてある。傍に、拡げたままの新聞を片手に、瘠せ、ひどく平たい顱頂に毛髪を礼儀正しく梳きつけた背広の男が佇ん・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫