・・・ 人々は非常に奔走して、二十人の生徒に用いられるだけの机と腰掛けとを集めた、あるいは役場の物置より、あるいは小学校の倉の隅より、半ば壊れて用に立ちそうにないものをそれぞれ繕ってともかく、間に合わした。 明日は開校式を行なうはずで、豊・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・僕の心は壊れて了ったのですからねエ」と大友は眼を瞬たいた。お正ははんけちを眼にあてて頭を垂れて了った。「まア可いサ、酒でも飲みましょう」と大友は酌を促がして、黙って飲んでいると、隣室に居る川村という富豪の子息が、酔った勢いで、散歩に出か・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 鞍は毀れ、六尺は折れてしまった。 それから三年たつ。 母は藤二のことを思い出すたびに、「あの時、角力を見にやったらよかったんじゃ!」「あんな短い独楽の緒を買うてやらなんだらよかったのに!――緒を柱にかけて引っぱ・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・ 斜丘の中ほどに壊れかけた小屋があった。そこで通訳が向うからやって来た百姓の一人に何か口をきいているのが栗本の眼に映じた。その側に中隊長と中尉とが立っていた。顔が黒く日に焦げて皺がよっている百姓の嗄れた量のある声が何か答えているのがこっ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・その一つが今壊れた太郎坊なのだ。そこでおれは時々自分の家で飲む時には必らず今の太郎坊と、太郎坊よりは小さかった次郎坊とを二ツならべて、その娘と相酌でもして飲むような心持で内々人知らぬ楽みをしていた。またたまにはその娘に逢った時、太郎坊があな・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・が、主人はそれを顧みもせずやっぱり毀れた猪口の砕片をじっと見ている。 細君は笑いながら、「あなたにもお似合いなさらない、マアどうしたのです。そんなものは仕方がありませんから捨てておしまいなすって、サアーツ新規に召し上れな。」とい・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・ 顔のちっとも写らない壊れた小さい鏡の置いてある窓際に坐ると、それでも首にハンカチをまいて、白いエプロンをかけてくれる。この「赤い」床屋さんは瘤の多いグル/\頭の、太い眉をした元船員の男だった。三年食っていると云った。出たくないかときく・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・窓が、がらがらと鳴って壊れたが、その音は女の耳には聞えなかった。どこか屋根の上に隠れて止まっていた一群の鳩が、驚いて飛び立って、唯さえ暗い中庭を、一刹那の間、一層暗くした。 聾になったように平気で、女はそれから一時間程の間、矢張り二本の・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 熊さんの小屋は形もなく壊れている。雨を防ぐ荒筵は遠い堤下へ飛んで竹の柱は傾き倒れ、軒を飾った短冊は雨に叩けて松の青葉と一緒に散らばっている。ビール罎の花も芋の切れ端も散乱して熊さんの蒲団は濡れしおたれている。熊さんはと見廻したが何処へ・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・そうしてその人が永い滞在の後に、なつかしい想いを残してその下宿を去る日になって、主婦の方から差出した勘定書を見ると、毀れた洗面鉢の代価がちゃんとついていたという話がある。 またある留学生の仲間がベルリンのTという料理屋で食事をした時に、・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
出典:青空文庫