・・・――どうだい、この間出した本の売れ口は?」「不相変ちっとも売れないね。作者と読者との間には伝熱作用も起らないようだ。――時に長谷川君の結婚はまだなんですか?」「ええ、もう一月ばかりになっているんですが、――その用もいろいろあるもので・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・定鼎の売れ口がありそうな談である。そこで廷珸は悦んで例の鼎を出して仏元に渡した。廷珸は仏元に、より長い真剣を渡して終ったのである。 そこへ正賓は遣って来た。そして画を検査してから、「售れないなら售れないで、原物を返してくれるべきに、狡い・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・私は新聞に関係がありますが、幸にして社主からしてモッと売れ口のよいような小説を書けとか、あるいはモッとたくさん書かなくちゃいかんとか、そういう外圧的の注意を受けたことは今日までとんとありませぬ。社の方では私に私本位の下に述作する事を大体の上・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ところで、今日そのような大生産のできる資本を持った雑誌は、数えるほどしかなく、それらの雑誌社は売れ口を数でこなすために、もっとも文化水準の低い広汎なおくれた層を目指し、支配階級がその商売を援助するように内容を飽くまでも、支配する側にとって良・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
出典:青空文庫