・・・目まぐるしい変転する世相の逃足の早さを言うのではない。現実を三角や四角と思って、その多角形の頂点に鉤をひっかけていた新吉には、もはや円形の世相はひっかける鉤を見失ってしまったのだ。多角形の辺を無数に増せば、円に近づくだろう。そう思って、新吉・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・仏法などは無相の相といって、どんな形にでも変転することができる。墨染の衣にでも、花嫁の振袖にでも、イヴニングドレスにでも、信仰の心を包むことは自由である。草の庵でも、コンクリート建築の築地本願寺でも、アパートの三階でも信仰の身をおくことは随・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ さいきん私は、からだ具合いを悪くして、実に久しぶりで、小さい盃でちびちび一級酒なるものを飲み、その変転のはげしさを思い、呆然として、わが身の下落の取りかえしのつかぬところまで来ている事をいまさらの如く思い知らされ、また同時に、身辺の世・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・ 時の逆行によって物の順序が逆になり原因と結果が入り代わるというだけではこの重大な変転の意義は説き尽くされない。 時が逆行しても本質的に変わらないものは、完全な週期的運動だけである。しかし、そんなものは実際の世界にはどこにもない。い・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・そうして前条に詳説したようにたださまざまの景象や情緒の変転して行く間に生まれ来る「旋律」と「和声」とを聞かされるのである。従ってこの間に錯雑して現われて来るいろいろな作者のそれぞれちがった個性はなんらの破綻を生じないのみか、かえってちょうど・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・そのために気候風土が変転して都市が砂漠になったり、砂漠が楽園に変わったりする。地震なども、いわゆる地震国日本の地震などとは比較にならないような大仕掛けのが時々あって、途方もない大断層などもできるらしい。ロプ・ノールの転位でも事によると地殻傾・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・時勢の変転して行く不可解の力は、天変地妖の力にも優っている。仏教の形式と、仏僧の生活とは既に変じて、芭蕉やハアン等が仏寺の鐘を聴いた時の如くではない。僧が夜半に起きて鐘をつく習慣さえ、いつまで昔のままにつづくものであろう。 たまたま鐘の・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・ 私たち女は一年間に自分の希望と選択とによってここまで変転して来たのだろうか。この答えは複雑である。しかし社会事情の急調な動きは一つの必然として、自覚するとしないとにかかわらず、今日の婦人全体を新しい生活事情に導き入れており、そこではよ・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・そして、形こそさまざまに変転していながら今日の私たちも、やはり一層こみ入った本質でその同じ女らしさの矛盾に苦しんでいるのではないだろうか。 ヨーロッパの社会でも、女らしさというものの観念はやはり日本と似たりよったりの社会の歴史のうちに発・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ この願いとその実現のための努力とは、それからのち、三十年に亙る様々の変転、種々の困難と危機とを通じて今日までつづけられている。その間に、日本の社会は幾変転し、大衆の歴史は前進した。その歴史の歩みが、「貧しき人々の群」の作者をも成長させ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
出典:青空文庫