・・・しかるに世間というものはここが話じゃ、今来たのは一名の立派な紳士じゃ、夜会の帰りかとも思われる、何分か酔うてのう。」 三「皆さん、申すまでもありませんが、お家で大切なのは火の用心でありまして、その火の用心と申す中・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・例により夜会服姿の黒奴に扮した舞踊などもあったが、西洋人ばかりの観客の中に交じった我々少数の有色人種日本人には、こうしたニグロの踊りは決して愉快なものではなかった。 パリの下宿はオペラの近くであって、自分の借りていた部屋の窓から首を出し・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ある時大臣の夜会か何かの招待状を、ある手蔓で貰いまして、女房を連れて行ったらさぞ喜ぶだろうと思いのほか、細君はなかなか強硬な態度で、着物がこうだの、簪がこうだのと駄々を捏ねます。せっかくの事だから亭主も無理な工面をして一々奥さんの御意に召す・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ヨーロッパの風俗で、夜会などで一つ踊るにも女は男の選択に対して受け身の積極性を発揮しなければならないようなところでは、先の警句も、それなり通じた面もあろう。いわば近代的な後宮の女性めいた関係なのであるから。私たちの周囲で、女同士の友情を信じ・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・娘時代のイエニーは、ふっくらとした二つの肩を大きく出した夜会のなりで、小さい口もとに無邪気な微笑をふくみ、可愛いけれども無内容にこちらを見ている。今、カールの肩に手をおいて立っているイエニーの全身からは厳粛な気分が流れている。楽しいけれども・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 自覚というような言葉を、またここで思い出してみれば、日本にない絹ビロードの夜会服にあこがれ「映画のあの場面ではあの着物のレースがあんな風にひるがえった」とまぼろしを描くよりは、日本に一種類でも、そのように若い人の人生を愛した布地の作ら・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・ 通り一遍の知人である男子と、第三者を加えず物見遊山に出かけたり、夜会に出たりすることは、正しい身持の娘なら決して仕ないことです。友達でも、或る年頃までは三人以上。二人きりで度々行動を共にするのを見れば、人はもう相互が愛人の関係にあるも・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・もとは、夜会服を着た男や女だけが見物するものときまっていた国立オペラ・バレー、すべての芝居は、労働組合手帖で半額で見られる。 一年に一ヵ月の有給休暇があって、その時は絵でばかり見ていたようなクリミヤの離宮や大金持の別荘がプロレタリア、農・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・ 一つ会員にしちゃ貰えまいか。夜会服で英国のプディングを食っている王室自動車クラブの連中はびっくりして、その仲間をそっと喫煙室の隅へ引っぱって行き、舌を出させて覗き込むだろう。それから医学的忠告を与えるに違いない。――君、気をしずめ給え。冷・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・を発表した頃で、それに刺戟され、それを摸倣して書いた小説であり、当時流行の夜会や、アメリカ人や洋装をした紳士令嬢などが登場人物となっている。十八九歳だったこの才媛は、既に反動期に入った日本としての、女権拡張の立場に立って婦人問題を述べている・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫