・・・ 土手の松へは夜鷹が来る。築土の森では木兎が鳴く。……折から宵月の頃であった。親雀は、可恐いものの目に触れないように、なるたけ、葉の暗い中に隠したに違いない。もとより藁屑も綿片もあるのではないが、薄月が映すともなしに、ぼっと、その仔雀の・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・気味の悪い夜鷹が夕方にはよく頭の上を飛び廻ったことを思出した。彼は初めて入学した村の小学校で狐がついたという生徒の一人を見たことを思出した…… 学士が窓のところへ来た。「広岡先生の御国はどちらなんですか」と高瀬が聞いた。「越後」・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・あとで少しずつ私にも気がついて来たのでございますが、この婆と娘は、ほんとうの親子で無いようなところもあり、何が何やら、二人とも夜鷹くらいまで落ちた事があるような気配も見え、とにかくあまり心根が悪すぎてみんなに呆れられ捨てられ、もういまでは誰・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・鍋焼うどんや夜鷹もまたしばしば橋の袂を選んで店を張った。獄門の晒首や迷子のしるべ、御触れの掲示などにもまたしばしば橋の袂が最もふさわしい地点であると考えられた。これは云うまでもなく、橋が多くの交通路の集合点であって一種の関門となっているから・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・かような陋巷におったって引張りと近づきになった事もなし夜鷹と話をした事もない。心の底までは受合わないがまず挙動だけは君子のやるべき事をやっているんだ。実に立派なものだと自ら慰めている。 しかしながら冬の夜のヒューヒュー風が吹く時にストー・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・「栗の木食って 栗の木死んで かけすが食って 子どもが死んで 夜鷹が食って かけすが死んで 鷹は高くへ飛んでった。」 やどりぎが、上でべそをかいたようなので、タネリは高く笑いました。けれども、その笑い声が、潰れたように・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・私共の世界が旱の時、瘠せてしまった夜鷹やほととぎすなどが、それをだまって見上げて、残念そうに咽喉をくびくびさせているのを時々見ることがあるではありませんか。どんな鳥でもとてもあそこまでは行けません。けれども、天の大烏の星や蠍の星や兎の星なら・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
出典:青空文庫