・・・余り評判にもならなかったが、那翁三世が幕府の遣使栗本に兵力を貸そうと提議した顛末を夢物語風に書いたもので、文章は乾枯びていたが月並な翻訳伝記の『経世偉勲』よりも面白く読まれた。『経世偉勲』は実は再び世間に顔を出すほどの著述ではないが、ジスレ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・瀬戸内にこんな島があって、自分のような男を、ともかくも呑気に過さしてくれるかと思うと、正にこれ夢物語の一章一節、と言いたくなる。 酒を呑んで書くと、少々手がふるえて困る、然し酒を呑まないで書くと心がふるえるかも知れない。「ああ気の弱い男・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・てもなく夢物語、いいえ、でも、あの晩に哀蚊の話を聞かせて下さったときの婆様の御めめと、それから、幽霊、とだけは、あれだけは、どなたがなんと仰言ったとて決して決して夢ではございませぬ。夢だなぞとおろかなこと、もうこれ、こんなにまざまざ眼先に浮・・・ 太宰治 「葉」
・・・それは不意に我身の上に授けられた、夢物語めいた幸福が、遠からず消え失せてしまって、跡には銀行のいてもいなくても好い小役人が残ると云うことである。少くも半年間は、いてもいなくても好いと云うことを、立派に上役から証明せられているのである。この恐・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・の大法螺でも、夢想兵衛の「夢物語」でも、ウェルズの未来記の種類でも、みんなそういうものである。あらゆるおとぎ話がそうである。あらゆる新聞講談から茶番狂言からアリストファーネスのコメディーに至るまでがそうである。笑わせ怒らせ泣かせうるのはただ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・弊衣破帽の学生さんが、学士の免状を貰った日に馬車が迎えに来た時代の灰色の昔の夢物語に過ぎない。そのお伽噺のような時代が今日までつづいているという錯覚がすべての間違いの舞台の旋転する軸となっている。社会の先覚者をもって任じているはずの新聞雑誌・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・そうかと思うとどこかまたイギリスのノーザンバーランドへんの偏僻な片田舎の森や沼の間に生まれた夢物語であるような気もするのである。 それからずっと後に同じ著者の「怪談」を読んだときもこれと全く同じような印象を受けたのであった。 今度小・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・ これは今のところでは一場の夢物語のようであるが、実はこの夢の国への第一歩はすでに踏み出されている。そうして昨今国民の耳を驚かす非常時非常時の呼び声はいっそうこの方向への進出を促すように見える。 東京市全部の地図が美しい大公園になっ・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・鯨取りもとうにもうノルウェー式か何かになってしまったはずだから、自分が父から聞いたような美しい勇ましい夢物語はやはり永久の夢物語になってしまったに相違ない。 甥のRが死んでからもう二十余年になるので当時の想い出を話し合う相手もなくなって・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・分はそれらの家の広い店先の障子を見ると、母がまだ娘であった時分この辺から猿若町の芝居見物に行くには、猪牙船に重詰の食事まで用意して、堀割から堀割をつたわって行ったとかいわれた話をば、いかにも遠い時代の夢物語のように思い返す。自分がそもそも最・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫