・・・「あれ落っことしちゃ大変だ、何処へなくしたっけかな」 尚幾度かそこらを闇にすかしても見た。然しそこらにそれが落ちて居る理由がなかった。彼等は其夜其まま別れて畢えばまだまだ事は惹き起されなかったのである。彼は家に帰れば直ちにそれを発見・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 色彩は私には大変な影響を及ぼします。太功記の色彩などははなはだ不調和極まって見えます。加藤清正が金釦のシャツを着ていましたが、おかしかったですよ。光秀のうちは長屋ですな。あの中にあんな綺麗な着物を着た御嫁さんなんかがいるんだから、もっ・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・何しろ硝子板を粉々に蹴飛ばしたんだから、砕屑でも入ってたら大変だ。そこで私は丁嚀に傷口を拡げて、水で奇麗に洗った。手拭で力委せに縛った。 応急手当が終ると、――私は船乗りだったから、負傷に対する応急手当は馴れていた――今度は、鉄窓から、・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・私しゃね、大変御無沙汰しッちまッて、済まない、済まない、ほんーとうに済まないんだねえ。済まないんだよ、済まないんだよ、知ッてて済まないんだからね。小万さん、先日ッからそう思ッてたんだがね、もういい、もういい、そんなことを言ッたッて、ねえ小万・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・陰に戯れ、昨夜自分は深更家に帰りて面目なかりしが、今夜は妻女何処に行きしや、その場所さえ分明ならずなどの奇談もあるべしと想像したらば、さすがに磊落なる男子も慚愧に堪えざるのみならず、これは世教のために大変なりとて、自ら悚然たることならん。然・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・――斯ういう風に実例を眼前に見て、苦しいとか、楽しいとか云う事は、人によって大変違う。例えば私が苦しいと思う事も、其女は何とも思わんかも知らん。それはまア浅薄で何とも思わないんだが、浅薄でなくてしかも何とも思わん人もある。それは誰かと云うに・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・「そうか、そりゃ善かった。大変心配していたんだヨ。もうとてもいけないだろうッて、誰れか言った位であったから。」「しかし君は何処へ行くんだ。」「そうか、それじゃ僕も一緒に行こう。」「もう午じゃが君飯食わないか。」「それじゃ一緒に食おう。」・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・「おい、大変だ。おい。おまえたちはこどもだけれども、こういうときには立派にみんなのお役にたつだろうなあ。いいか。おまえはね、この森をはいって行ってアルキル中佐どのにお目にかかる。それからおまえはうんと走って陸地測量部まで行くんだ。そして・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・ 一体秋になるといつもなら気が落ついて一年中一番冷静な頭になれる時なんだけれ共今年はそうなれない。 大変な損だ。 秋から冬の間に落ついて私の頭は其の他の時よりも余計に種々の事を収獲するんだけれ共今年は少くとも冬になるまで別にこれ・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・これを持って行かれては大変。」富田は鰕のようになった手で徳利を押えた。そして主人にこう云った。「一体御主人の博聞強記は好いが、科学を遣っているくせに仏法の本なんかを読むのは分からないて。仏法の本は坊様が読めば好いではないか。」 寧国・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫