・・・この当時の状態をよむ人は計らず太宰治の生涯と文学とに対して、民主主義文学の陣営から、含蓄にとみながらその歴史性を明確にした批評が出ることの意外にすくなかったことを思い合わされはしないだろうか。 当時小説の神様のように眺められていた横光利・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・民主的な評論家たちの次のより深い危機は、太宰治の死に際して歴然とした。太宰治は、現代の広汎な読者の心理に影響をもっているから、簡単にやっつけてはいけないというような理由で、民主的評論家の発言がひかえられた。 考えてみれば、これほど妙なこ・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・を与えられた石川達三、高見順、石川淳、太宰治、衣巻省三その他多くの作家が、言葉どおりの意味での新進ではなく、過去数年の間沈滞して移動の少なかった純文学既成作家に場面を占められて作品発表の機会を十分持ち得ないでいた人々であり、長年の文学修業と・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 一九四八年の夏に、前進的な日本の意欲が平和と生活と文化のまもりのために意味ふかい一歩をふみだしつつあるとき、崩壊と虚無の選手であった作家太宰治がその人らしいやりかたで生涯をとじたことは、決して単なる偶然ではなかった。〔一九四八年八月〕・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・という小説を書いた太宰治という文学者は、有島武郎とも芥川龍之介ともちがう「斜陽」的死を選んだこと。そして、日本民族の運命を破滅させた戦争によって財を蓄え、社会的地位をのしあげた新興階級――漱石はこういう社会層を成金とよんだ――の子弟達が、人・・・ 宮本百合子 「日本の青春」
・・・菅季通の自殺は、太宰治の死、田中英光の死にまさって、こんにちのすべての良心に、人間としていかに生きるかの表現としての政治と文学の関係、そのなりゆきを注視させている。 こんにちプロレタリア文学史をよむひとは、一つの不便にめぐりあっている。・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・ 太宰治の虚無にやぶれた文学も、戦後の特権階級の没落と、その感傷とに共感する小市民生活の気分にむかえられた。 一九四五年の冬から活溌におこった労働組合の活動と労働者階級の文化活動は、支離滅裂に流れてゆく商業的な文学の空気を貫いて文学・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・そして、文学恋いから太宰だの、椎名麟三だのを腹ばいになって読む。その人の現実と読まれる文学の間に何の必然のつながりがあるでしょう。一人の労働者として組合の仕事とふれてゆく文学の間に非常にギャップがある。そういうギャップが現実にあるから舟橋聖・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
芥川龍之介が自分の才能とか学識を越えて社会と文学そのものの大きい変化と発展を見通して、そこから来る漠然とした不安を感じて死んだのと、太宰氏の生涯の終り方とは、まったく別種のものです。芥川の死は人生と芸術の大きさに対する確信・・・ 宮本百合子 「山崎富栄の日記をめぐって」
余録 菅公を讒言して太宰の権帥にした、基経の大臣の太郎、左大臣時平は、悪逆無道の大男のように思われて居る。 小学歴史で読んだ時から、清くやせた菅原道真に対して、グロテスクな四十男が想像されて居た。ところ・・・ 宮本百合子 「余録(一九二四年より)」
出典:青空文庫