・・・天井から下った電燈も見えた。大形な陶器の瓦斯煖炉も見えた。その煖炉の前を囲んで、しきりに何か話している三四人の給仕の姿も見えた。そうして――こう自分が鏡の中の物象を順々に点検して、煖炉の前に集まっている給仕たちに及んだ時である。自分は彼等に・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ 前に青竹の埒を結廻して、その筵の上に、大形の古革鞄ただ一個……みまわしても視めても、雨上りの湿気た地へ、藁の散ばった他に何にも無い。 中へ何を入れたか、だふりとして、ずしりと重量を溢まして、筵の上に仇光りの陰気な光沢を持った鼠色の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・小学校へ通う大川の橋一つ越えた町の中に、古道具屋が一軒、店に大形の女雛ばかりが一体あった。ろうたけた美しさは註するに及ぶまい。――樹島は学校のかえりに極って、半時ばかりずつ熟と凝視した。 目は、三日四日めから、もう動くようであった。最後・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・机の上には、大形の何やら横文字の洋書が、ひろげられていたのであるが、佐伯はそれには一瞥もくれなかった。「里見八犬伝か。面白そうだね。」と呟き、つっ立ったまま、その小さい文庫本のペエジをぱらぱら繰ってみて、「君は、いつでも読まない本を机の上に・・・ 太宰治 「乞食学生」
九月中旬の事であった。ある日の昼ごろ堅吉の宅へ一封の小包郵便が届いた。大形の茶袋ぐらいの大きさと格好をした紙包みの上に、ボール紙の切れが縛りつけて、それにあて名が書いてあったが、差出人はだれだかわからなかった。つたない手跡・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・表紙は八雲氏が愛用していた蒲団地から取ったものだそうで、紺地に白く石燈籠と萩と飛雁の絵を飛白染めで散らした中に、大形の井の字がすりが白くきわ立って織り出されている。 これもいかにも八雲氏の熱愛した固有日本の夢を象徴するもののように見えて・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・というのは、蜻とんぼを捕えるのと同じ恰好の叉手形の網で、しかもそれよりきわめて大形のを遠くから勢いよく投げかけて、冬田に下りている鴫を飛び立つ瞬間に捕獲する方法である。「突く」というのは投槍のように網を突き飛ばす操作をそう云ったものではない・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・よって、食事の折には一切、新時代の料理屋または小待合の座敷を聯想させるような、上等ならば紫檀、安ものならばニス塗の食卓を用いる事を許さないので、長火鉢の向うへ持出されるのは、古びて剥げてはいれど、やや大形の猫足の塗膳であった。先生は最初感情・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・大理石で少し赤味を帯び大形で彫刻の立派な方は玉座であるべき事をも一つの方をすべて粗末にして思わせる。卓子の上には切りたての鵞ペンと銀の透し彫りの墨壺がのって居る。部屋全体に紫っぽい光線が差し込んで前幕と同じ日の夕方近くの様子。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・大きなリボンを蝶々の様にかけて大形の友禅の着物に帯は赤か紫ときまって居た。どんな□(時でも足袋は祖母の云いつけではかせられ新らしい雪駄に赤い緒のすがったのをはいて居た。そんな華な私の好きらしい暮し方をして居る内に一人の私より一つ年上の舞子と・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
出典:青空文庫