・・・これは水の表面に限らず、底のほうでも同様ですが、ただ底へ行くほどこの楕円形が平たくまた小さくなり、いよいよ底の所ではただわずかに直線の上を往復する運動になってしまいます。大波の時には、二三十尋の底でもひどく揺れるが、少しの波ならば、潜航艇に・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・髪はさまで櫛の歯も見えぬが、房々と大波を打ッて艶があって真黒であるから、雪にも紛う顔の色が一層引ッ立ッて見える。細面ながら力身をもち、鼻がすッきりと高く、きッと締ッた口尻の愛嬌は靨かとも見紛われる。とかく柔弱たがる金縁の眼鏡も厭味に見えず、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・婦人の生活の朝夕におこる大きい波、小さい波、それは悉く相互関係をもって男子の生活の岸もうつ大波小波である現実が、理解されて来る。女はどうも髪が長くて、智慧が短いと辛辣めかして云うならば、その言葉は、社会の封建性という壁に反響して、忽ち男は智・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ラジオ、新聞、映画、広告宣伝の集団的心理コムュニケーションによって個々の独立の判断はその大波にのまれてしまう危険が注目されてきています。日本にきた教育使節団の人々が、アメリカの子供が漫画でどんなに毒されているかということについてふれていまし・・・ 宮本百合子 「アメリカ文化の問題」
・・・の慾求と一緒に、着実にその疑問の一筋を辿って、自分の道を進もうとしている作家の存在も、決して見のがすことは出来ず、そういう作家と、そのような作家を志して文学修業を怠らない人々とが、窮局において、世態の大波小波を根づよく凌いで、未曾有の質的低・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・小原壮助1/3が、七月十五日東京新聞の「大波小波」に「出版の自由か不自由か」という一文をかかげた。『新日本文学』六月号が掲載した、「サガレンの文化」の中で、ソヴェト同盟の権力の下では同人雑誌を出すことを許されないということを知った、「同・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
桑野村にて ○日はうららかに輝いて居る。けれども、南風が激しく吹くので、耕地のかなたから、大波のように、樹木の頭がうねり渡った。何処かで障子のやぶれがビュー、ビュービューと、高く低くリズムをつけて鳴って居る・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・の路をつけて、踏み先へ先へと、雪かきを押して来たものと見え、今自分が立って居る処までほか地面は現われて居ない。父がまだ若い時から居た爺なので、私の事をまるで、孫でも見る様な気で居る。顔中、「たて」の大波をよせて歯ぐきを出して、私の様子を見て・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ もう、ゆだんのならない大波が立って、汀から、八九尺の上まで飛びあがってから、投げつけられた様に、砂の上にくずれ落ちる。 したがってその音も、とうてい、ここいらの五倍六倍ではきかない。 先ず、沖の方から、黒い方な波のうねりが段々・・・ 宮本百合子 「冬の海」
・・・しかしこの努力も第一次大戦後の経済破綻、それに伴っての大失業、より多くの女子の失業等の大波に攫われて、まだ人民のものとしての広い活動を展開していなかった。明治開化期以来、日本の民主主義の伝統とその指導力は根本から婦人の社会的地位を向上させる・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫