・・・長崎あたりの村々には、時々日の暮の光と一しょに、天使や聖徒の見舞う事があった。現にあのさん・じょあん・ばちすたさえ、一度などは浦上の宗徒みげる弥兵衛の水車小屋に、姿を現したと伝えられている。と同時に悪魔もまた宗徒の精進を妨げるため、あるいは・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・堕落した天使の変化です。ジェズスは我々を救うために、磔木にさえおん身をおかけになりました。御覧なさい。あのおん姿を?」 神父は厳かに手を伸べると、後ろにある窓の硝子画を指した。ちょうど薄日に照らされた窓は堂内を罩めた仄暗がりの中に、受難・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・が、勇ましい大天使は勿論、吼り立った悪魔さえも、今夜は朧げな光の加減か、妙にふだんよりは優美に見えた。それはまた事によると、祭壇の前に捧げられた、水々しい薔薇や金雀花が、匂っているせいかも知れなかった。彼はその祭壇の後に、じっと頭を垂れたま・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・何卒私が目をつぶりますまででよろしゅうございますから、死の天使の御剣が茂作の体に触れませんよう、御慈悲を御垂れ下さいまし。」 祖母は切髪の頭を下げて、熱心にこう祈りました。するとその言葉が終った時、恐る恐る顔を擡げたお栄の眼には、気のせ・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・――大勢の小天使は宣教師のまわりに読書の平安を護っている。勿論異教徒たる乗客の中には一人も小天使の見えるものはいない。しかし五六人の小天使は鍔の広い帽子の上に、逆立ちをしたり宙返りをしたり、いろいろの曲芸を演じている。と思うと肩の上へ目白押・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・クララはそれが天使ガブリエルである事を知った。「天国に嫁ぐためにお前は浄められるのだ」そういう声が聞こえたと思った。同時にガブリエルは爛々と燃える炎の剣をクララの乳房の間からずぶりとさし通した。燃えさかった尖頭は下腹部まで届いた。クララは苦・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・このごときを数え上げることの愚かさは、針頭の立ちうる天使の数を数えんとした愚かさにも勝った愚かさであろう。いかなるよき名を用いるとも、この二つの道の内容を言い尽くすことはできまい。二つの道は二つの道である。人が思考する瞬間、行為する瞬間に、・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・が、対手が牛乳屋の小僧だけに、天使と牧童のお伽話を聞く気がする。ただその玉章は、お誓の内証の針箱にいまも秘めてあるらしい。……「……一生の願に、見たいものですな。」「お見せしましょうか。」「恐らく不老長寿の薬になる――近頃はやる・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・彼の血管に流るるユグノー党の血はこの時にあたって彼をして平和の天使たらしめました。他人の失望するときに彼は失望しませんでした。彼は彼の国人が剣をもって失ったものを鋤をもって取り返さんとしました。今や敵国に対して復讐戦を計画するにあらず、鋤と・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・昔天国の門に立たせて置かれた、あの天使のように、イエスは燃える抜身を手にお持になって、わたくしのいる檻房へ這入ろうとする人をお留なさると存じます。わたくしはこの檻房から、わたくしの逃げ出して来た、元の天国へ帰りたくありません。よしや天使が薔・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
出典:青空文庫