・・・自分は天性右を向いているから、あいつが左を向いているのは怪しからんというのは不都合じゃないかと思うのです。もっとも複雑な分子の寄って出来上った善悪とか邪正とかいう問題になると、少々込み入った解剖の力を借りなければ何とも申されませんが、そうし・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・僕は少年時代に黒岩涙香やコナン・ドイルの探偵小説を愛読し、やや長じて後は、主としてポオとドストイェフスキイを愛読したが、つまり僕の遺伝的な天性気質が、こうした作家たちの変質性に類似を見付けた為なのだろう。 それはとにかく、これが僕を人嫌・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・女子の天性容色を重んずるが故に、其唯一に重んずる所の容よりも心の勝れたるこそ善けれと記して、文章に力を付けたるは巧なりと雖も、唯是れ文章家の巧として見る可きのみ。其以下婦人の悪徳を並べ立てたる箇条は読んで字の如く悪徳ならざるはなし。心騒しく・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・さればこそ習慣は第二の天性を成すといい、幼稚の性質は百歳までともいう程のことにて、真に人の賢不肖は、父母家庭の教育次第なりというも可なり。家庭の教育、謹むべきなり。 然るに今、この大切なる仕事を引受けたる世間の父母を見るに、かつて子を家・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・人として平安を好むは、これをその天性というべきか、はた習慣というべきか。余は宗教の天然説を度外視する者なれば、天の約束というも、人為の習慣というも、そのへんはこれを人々の所見にまかして問うことなしといえども、ただ平安を好むの一事にいたりては・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・ 古来、支那・日本人のあまり心付かざることなれども、人間の天性に自主・自由という道あり。ひと口に自由といえば我儘のように聞こゆれども、決して然らず。自由とは、他人の妨をなさずして我が心のままに事を行うの義なり。父子・君臣・夫婦・朋友、た・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・にひきずられて、天性の重厚のままにとりかえしのつかないほど歪み萎えさせられたところにある。 森鴎外にしろ、夏目漱石にしろ、荷風にしろ、当時の社会環境との対決において自分のうちにある日本的なものとヨーロッパ的なものとの対立にくるしんだ例は・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・資本というものの天性は、一つの悪鬼に似ている。人間の労力から生まれた資本はためこまれて、やがて人間を喰いはじめ、その精神的所産までを貪婪に食いつくそうとする。それに対して、ヨーロッパは、自身の流血をもって闘った。第二次世界戦争の結果は、こう・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・マーニャが、天性の勤勉さ、緻密で、敏活な頭脳を、こうしてごく若いころから自分の功名のためだけに使おうなどとは思いもしなかった気質こそ、後年キュリー夫人として科学者、人間としての彼女の真価をきめるものとなったと思います。 姉のブローニャが・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・の神聖と喜悦と自由とを自己の第二の天性にしようとしていた。そしてついにその目的を達した。 彼女はすでに機械的の演技と衝動的の発作から離れた。彼女は自己を支配する。自然を支配する。自己の霊魂を支配する。彼女はもう黒人でもなければ足をもって・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫