・・・ 人には、それぞれ天職というものが与えられています。君は、私を嘘つきだと言った。もっと、はっきり言ってごらん。君こそ私をあざむいている。私は、いったい、どんな嘘をついたというのだ。そうして、もっと重大なことには、その具体的の結果が、どう・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ それ覆載の間、朝野の別を問わず、人皆、各自の天職に心力を労すればまたその労を慰むるの娯楽なかるべからざるは、いかにも本然の理と被存候。而して人間の娯楽にはすこしく風流の趣向、または高尚の工夫なくんば、かの下等動物などの、もの食いて喉を・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・だから芸術家が自分を閑人と考えるようじゃ、自分で自分の天職を抛つようなもので、御天道様にすまない事になります。芸術家はどこまでも閑人じゃないときめなくっちゃいけない。いくら縁側に昼寝をしても閑人じゃないときめなくっちゃいけない。しかしこれだ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・既に哺乳の時を過ぎて後も、子供の飲食衣服に心を用いて些細の事までも見遁しにせざるは、即ち婦人の天職を奉ずる所以にして、其代理人はなき筈なり。飲食衣服は有形の物にして誰れの手を以て与うるも同様なるに似たれども、其これを与うるの間に母徳無形の感・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・昨今の婦人雑誌の内容を見ても分る通り、婦人の天職を家庭の中にあって良妻賢母であること、やりくりのうまい主婦であることに認める傾向は、近頃一層いちじるしくなって来ている。婦人の幸福は家庭にあり、家庭において婦人が婦徳を全うすることこそ日本文化・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・完く一箇の自由人、独立人として何者にも制せられず、天職と自覚した方針を戴いて何処までも努力出来ると云う事実は、一般女性の胸に小気味よい覇気と、独立心とを育てました。 娘は、先ず東洋のように妻になり母になるべきものと云う概念を植付けられる・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・昔から結婚をして家庭をもって数人の子供の父親になるということだけを、男子一生の天職と思った男はなかった。そう教育される男の子たちもなかった。最も卑俗な親たちでさえも、男の子に向っては「世の中の役に立つ人間」になるようにと教えたし、何かの形で・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・筋のはこびでは、後にカッスル夫人となったロジャースの娘にあってそのかえりの田舎の小さい停車場で初めて踊るのだが、あれほど踊りこそ天職と思っている青年がその宝を見出されないで喜劇役者をやっている悲しさというか、その芸術家として必然と思われる哀・・・ 宮本百合子 「表現」
・・・その答として母の云ったことは、「天職を全うするため」だと。 又私はその天職ってものがどんな事が天職であり又神様の思っていらっしゃる天職であろう。天職と云って居るのは人間であるから若しや神様の思って居らっしゃる天職とはかけはな・・・ 宮本百合子 「妙な子」
出典:青空文庫