・・・また小児の概して正直にして、無智の人民に道徳堅固の者多きは、今日の実際において疑うべからざることなれば、道徳は必ず人の教によるものにあらず、あたかも人の天賦に備わりて偶然に発起するものなりといえども、智恵は然らず。人学ばざれば智なし。面壁九・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・彼女はそれぞれに求められたものを惜しみなく与えたのだけれど、この肉体と精神との天賦ゆたかな女性はマークが彼女に求めただけで全部でなかったし、さりとて、ブレークが彼女のうちに目醒めさせたものがスーザンの全部でもなかった。彼女という一つのゆたか・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・社会のために勤労の力をつくしている数百万の婦人にとっては、男と同じように働くということばかりに希望がつながれているのではなくて、妻であり母であるという女性独特な天賦の事情を、社会的な勤労の条件そのものの中に認められることが痛切に念願されてい・・・ 宮本百合子 「女性の現実」
・・・十月によって人民の文化の生れる社会的可能は拡大され、その基盤は拡大されたが、そのころは文学的才能の存在には「天賦」的事情が多かった。「私は愛す」の作者アヴデンコが革命当時「保護者のない子供たち」ベス・プリゾールヌイの一人であったというこ・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・そして、そのような既存の社会通念とたたかって、人類の生活と文化とを進歩させて来たのが芸術家、思想家たるものの才能に天賦の義務であるならば、こんにち、わたしたちは確信をもって「日本の芸術の基本的方法はイデエの根をもたぬ感覚によるのだから」近代・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・しかし彼の百分の一の天賦しかない一個の青年も、今日の歴史の中に生きているという事実によって、例えばエールリッヒが、ジフテリア血清の最初の注射のために闘った対立に高貴なものを感じとり、自分のうちなるささやかな善意に鼓舞をうけとるのである。・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・馬場辰猪は、明治四年頃ロンドンで法律を学び、自由党解散の前年「天賦人権論」を著し、獄中生活の後、渡米してフィラデルフィアで客死した。 自由党が禁圧せられ、国会開設が決定され、今日殆ど総ての作家によって理解されている日本の資本主義の特徴あ・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・けれども女は、その能力のないものとして、屡々対比されるけれど、若い娘さんが職業に落着き、そこで発展をとげる気を持つ迄に到らない心理の理由は、女の天賦にその能力が欠けているからであろうか。そうとばかりは思えない。職業をもち、そこで成長してゆき・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
・・・ ハンス・ギーベンラートという感受性のきわめてつよい、内気な、天賦の才能のかくされた少年が大人たちの俗っぽい野心や名誉心の犠牲となって、ついに自然なその子にふさわしい成長を挫かれ、あわれな最後をとげる一つの物語である。作者は、ハンスと同・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・併しながら、父が一人の父として、燦きのある暖い水のように豊富自由であり、相手を活かす愛情の能力をもち、而もそういう天賦の能力について殆どまとまった自意識を持たなかった程、天真爛漫であった自然の美しさについて、心から讚歎を禁じることの出来ない・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫