・・・……熟と天頂の方を見ていますとね、さあ、……五階かしら、屋の棟に近い窓に、女の姿が見えました。部屋着に、伊達巻といった風で、いい、おいらんだ。……串戯じゃない。今時そんな間違いがあるものか。それとも、おさらいの看板が見えるから、衣裳をつけた・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・バンベルヒの天頂儀をすえ付けて天頂近く子午線を通過する星を観測してこの地点の緯度をできるだけ精密に測定しておく、そうして他日また同じ観測を繰り返して、この地点が火山活動の影響のためにいくらかでも移動するかどうかを験出しようというのである。・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・夕方珍しい電光 Rocket lightning が西から天頂へかけての空に見えた。丁度紙テープを投げるように西から東へ延びて行くのであった。一同で見物する。この歳になるまでこんなお光りは見たことがないと母上が云う。八月二十七日 晴・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・そして新星はかなり天頂に近く白鳥座の一番大きな二等星と光を争うほどに輝きまたたいているのであった。「しばらく怠けたので新星の発見をし損なったね」と云ったら、子供はどう思ったか顔を真赤にして、そしてさも面白そうに笑っていた。 私は冗談・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・もう一つのは茎の先端がずっと延びてもう一ぺん上向きに生長し、そうしてちゃんと天頂を向いた花を咲かせていた。つまり茎の上端が「り」の字形になったわけである。 もっと詳しくいろいろ実験したいと思っているうちに花期が過ぎ去った。そうしてその年・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・しかし少数のある人々はこの生涯の峠に立って蒼空を仰ぐ、そして無限の天頂に輝く太陽を握もうとして懸崖から逆さまに死の谷に墜落する。これらの不幸な人々のうちのきわめて少数なあるものだけは、微塵に砕けた残骸から再生する事によって、始めて得た翼を虚・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・いまはすっかり青ぞらに変ったその天頂から四方の青白い天末までいちめんはられたインドラのスペクトル製の網、その繊維は蜘蛛のより細く、その組織は菌糸より緻密に、透明清澄で黄金でまた青く幾億互に交錯し光って顫えて燃えました。「ごらん、そら、風・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
出典:青空文庫