・・・その途端に侍の手が刀の柄前にかかったと思うと、重ね厚の大刀が大袈裟に左近を斬り倒した。左近は尻居に倒れながら、目深くかぶった編笠の下に、始めて瀬沼兵衛の顔をはっきり見る事が出来たのであった。 二 左近を打たせた・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・それでも合戦と云う日には、南無阿弥陀仏と大文字に書いた紙の羽織を素肌に纏い、枝つきの竹を差し物に代え、右手に三尺五寸の太刀を抜き、左手に赤紙の扇を開き、『人の若衆を盗むよりしては首を取らりょと覚悟した』と、大声に歌をうたいながら、織田殿の身・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・しかし身の丈六尺五寸、体重三十七貫と言うのですから、太刀山にも負けない大男だったのです。いや、恐らくは太刀山も一籌を輸するくらいだったのでしょう。現に同じ宿の客の一人、――「な」の字さんと言う(これは国木田独歩の使った国粋的薬種問屋の若主人・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・そのまた首の左右には具足をつけた旗本が二人いずれも太刀の柄に手をかけ、家康の実検する間はじっと首へ目を注いでいた。直之の首は頬たれ首ではなかった。が、赤銅色を帯びた上、本多正純のいったように大きい両眼を見開いていた。「これで塙団右衛門も・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・と、二の太刀が参りました。二の太刀はわたくしの羽織の袖を五寸ばかり斬り裂きました。わたくしはまた飛びすさりながら、抜き打ちに相手を払いました。数馬の脾腹を斬られたのはこの刹那だったと思いまする。相手は何か申しました。………」「何かとは?・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・驚いて、振り返ると、その拍子にまた二の太刀が、すかさず眉間へ閃いた。そのために血が眼へはいって、越中守は、相手の顔も見定める事が出来ない。相手は、そこへつけこんで、たたみかけ、たたみかけ、幾太刀となく浴せかけた。そうして、越中守がよろめきな・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白ものに愛想をつかしていた時だったから、一刻も早く追い出したさに旗とか太刀とか陣羽織とか、出陣の支度に入用のものは云うなり次第に持たせることにした。のみならず途中の兵糧には、これも桃太郎の註文通り、黍団子さ・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・ 太刀か何かは見えなかったか? いえ、何もございません。ただその側の杉の根がたに、縄が一筋落ちて居りました。それから、――そうそう、縄のほかにも櫛が一つございました。死骸のまわりにあったものは、この二つぎりでございます。が、草や竹の落葉・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・下人はそこで、腰にさげた聖柄の太刀が鞘走らないように気をつけながら、藁草履をはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。 それから、何分かの後である。羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・ 音が通い、雫を帯びて、人待石――巨石の割目に茂った、露草の花、蓼の紅も、ここに腰掛けたという判官のその山伏の姿よりは、爽かに鎧うたる、色よき縅毛を思わせて、黄金の太刀も草摺も鳴るよ、とばかり、松の梢は颯々と、清水の音に通って涼しい。・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
出典:青空文庫