・・・三州奇談に、人あり、加賀の医王山に分入りて、黄金の山葵を拾いたりというに類す。類すといえども、かくのごときは何となく金玉の響あるものなり。あえて穿鑿をなすにはあらず、一部の妄誕のために異霊を傷けんことを恐るればなり。 また、事の疑うべき・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 十年剣を磨す徒爾に非ず 血家血髑髏を貫き得たり 犬飼現八弓を杖ついて胎内竇の中を行く 胆略何人か能く卿に及ばん 星斗満天森として影あり 鬼燐半夜閃いて声無し 当時武芸前に敵無し 他日奇談世尽く驚く 怪まず千軍皆辟易するを ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・「そうすると諸君は皆詩人の古手なんだね、ハッハッハッハッハッ奇談々々!」と綿貫が叫んだ。「そうか、諸君も作たのか、驚ろいた、その昔は皆な馬鈴薯党なんだね」と上村は大に面目を施こしたという顔色。「お話の先を願いたいものです」と岡本・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・色男子が常に不品行を働き、内君の苦情に堪えず、依て一策を案じて内君を耶蘇教会に入会せしめ、其目的は専ら女性の嫉妬心を和らげて自身の獣行を逞うせんとの計略なりしに、内君の苦情遂に止まずして失望したりとの奇談あり。天下の男子にして女大学の主義を・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・の事情に従て維新の際に至り、ますます下士族の権力を逞うすることあらば、或は人物を黜陟し或は禄制を変革し、なお甚しきは所謂要路の因循吏を殺して、当時流行の青面書生が家老参事の地位を占めて得々たるがごとき奇談をも出現すべきはずなるに、中津藩に限・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・医師の言を聞くのみにして、素人の間には曾て言う者もなく聞く者もなかりしに、近年は日常交際の談話に公然子宮の語を用いて憚る所なく、売薬の看板にさえ其文字を見るのみならず、甚しきは婦人の口より洩るゝなどの奇談も時としてはなきに非ず。唯仰天す可き・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ また、四民同権の世態に変じたる以上は、農商も昔日の素町人・土百姓に非ずして、藩地の士族を恐れざるのみならず、時としては旧領主を相手取りて出訴に及び、事と品によりては旧殿様の家を身代限にするの奇談も珍しからず。昔年、馬に乗れば切捨てられ・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・みに男子の胸裡にその次第の図面を画き、我が妻女がまさしく我に傚い、我が花柳に耽ると同時に彼らは緑陰に戯れ、昨夜自分は深更家に帰りて面目なかりしが、今夜は妻女何処に行きしや、その場所さえ分明ならずなどの奇談もあるべしと想像したらば、さすがに磊・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ フレンチ・ドアを背にして置かれた長椅子は、鄙びた紅天鵝絨張り、よく涙香訳何々奇談などと云った小説の插画にある通りの円い飾玉のついた椅子。更紗模様の紙をはった壁に、二つ並んで錆た金椽の飾装品が懸って居る。其こそ我々を興がらせた。遠見に淡く海・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫