・・・母さんはむかし小石川の雁金屋さんとかいう本屋に奉公していたって云うはなしだワ。」と言った。 雁金屋は江戸時代から明治四十年頃まで小石川安藤坂上に在った名高い書林青山堂のことである。此のはなしは其日僕が恰東仲通の或貸席に開かれた古書売立の・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・それで彼は骨が太くなると百姓奉公ばかりさせられた。彼はうまく使えば非常な働手であった。彼は一剋者である。一旦怒らせたら打っても突いてもいうことを聴くのではない。性癖は彼の父の遺伝である。だが甞て乱暴したということもなくてどっちかというと酷く・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・僕も豆腐屋へ年期奉公に住み込んで置けばよかった」「君は第一平生から惰弱でいけない。ちっとも意志がない」「これでよっぽど有るつもりなんだがな。ただ饂飩に逢った時ばかりは全く意志が薄弱だと、自分ながら思うね」「ハハハハつまらん事を云・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・在昔大名の奥に奉公する婦人などが、手紙も見事に書き弁舌も爽にして、然かも其起居挙動の野鄙ならざりしは人の知る所なり。参考の価ある可し。左れば今の女子を教うるに純然たる昔の御殿風を以てす可らざるは言うまでもなきことなれども、幼少の時より国字の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・静子殿長谷川柳子殿 遺族善後策これは遺言ではなけれど余死したる跡にて家族の者差当り自分の処分に迷うべし仍て余の意見を左に記す一 玄太郎せつの両人は即時学校をやめ奉公に出ずべし一 母上は後藤家の厄介・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・書簡に曰く一春風馬堤曲余幼童之時春色清和の日には必ず友どちとこの堤上にのぼりて遊び候水には上下の船あり堤には往来の客ありその中には田舎娘の浪花に奉公してかしこく浪花の時勢粧に倣い髪かたちも妓家の風情をまなび○伝しげ太夫の心中のう・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・これは、封建的な主従関係での忠義の感情にいきなりむすびついて「奉公」の感覚を養成する教育でした。この場合の「奉公」は、公の一存在としての人民生活、市民生活への奉仕という近代民主主義の要素とはちがったものです。「公僕」という言葉が、民主日本に・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・自分は彼らを生きながらえさせて、自分にしたと同じ奉公を光尚にさせたいと思うが、その奉公を光尚にするものは、もう幾人も出来ていて、手ぐすね引いて待っているかも知れない。自分の任用したものは、年来それぞれの職分を尽くして来るうちに、人の怨みをも・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・女房はもとけちな女中奉公をしていたもので十七になるまでは貧乏な人達を主人にして勤めたのだ。 ある日曜日に暇を貰って出て歩くついでに、女房は始めてツァウォツキイと知合いになった。その時ツァウォツキイは二色のずぼんを穿いていた。一本の脚は黄・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・亀山で奉公して十五円貰うてたのやが、どだい、こうなったらもうわやや。医者が持たん云いさらしてさ、往生したわ。」「ふむ、それは気の毒なことやなア、長いこと見んで、私ゃもうすっかり見忘れて了うたわ。何年程になるなア?」「九年や。」「・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫