・・・である――彼はそこで、放肆を諫めたり、奢侈を諫めたりするのと同じように、敢然として、修理の神経衰弱を諫めようとした。 だから、林右衛門は、爾来、機会さえあれば修理に苦諫を進めた。が、修理の逆上は、少しも鎮まるけはいがない。寧ろ、諫めれば・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・屏風、衝立、御厨子、調度、皆驚くべき奢侈のものばかりであった。床の軸は大きな傅彩の唐絵であって、脇棚にはもとより能くは分らぬが、いずれ唐物と思われる小さな貴げなものなどが飾られて居り、其の最も低い棚には大きな美しい軸盆様のものが横たえられて・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・来せしめたりとは定説に近く、また足利氏の初世、京都に於いて佐々木道誉等、大小の侯伯を集めて茶の会を開きし事は伝記にも見えたる所なれども、これらは奇物名品をつらね、珍味佳肴を供し、華美相競うていたずらに奢侈の風を誇りしに過ぎざるていたらくなれ・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・とかくに芝居を芝居、画を画とのみして、それらの芸術的情趣は非常な奢侈贅沢に非ざれば決して日常生活中には味われぬもののように独断している人たちは、容易に首肯しないかも知れないが、便所によって下町風な女姿が一層の嬌艶を添え得る事は、何も豊国や国・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・道学者は倫理的の立場から始終奢侈を戒しめている。結構には違ないが自然の大勢に反した訓戒であるからいつでも駄目に終るという事は昔から今日まで人間がどのくらい贅沢になったか考えて見れば分る話である。かく積極消極両方面の競争が激しくなるのが開化の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・最後に、鴎外は、外見には労苦の連続であった「お佐代さんが奢侈を解せぬ程おろかであったとは誰も信ずることが出来ない。また物質的にも、精神的にも、何物をも希求せぬほど恬澹であったとは誰も信ずることが出来ない。お佐代さんには慥に尋常でない望みがあ・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・今日の世の中の一方には贅沢と奢侈と栄達とがある。もう一方の現実のありようとしては、より多くの人々が益々困難の原因や不便についての深くひろい社会的な真の動機を理解してそれに人間らしく処してゆく必要におかれており、それは一つの国としての事情から・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・米国婦人が、不用な奢侈品に良人の体中の油汗を搾らせながら、祈祷の文句を誦し、人道の為に、彼女等が殆ど一人として云わない事はない Humanity の為に是非を喧しくするのが一種の常套であると共に、日本の現代の常套は女性の経済的独立と称し、職・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・然しながら、この頽廃的で奢侈な公爵夫人との恋愛とその感化によって恐るべき浪費をし、益々王党派、カソリック的傾向を強固にされながら、而も一方においてはその金のやりくりともぎ取りのため、壮年に達したバルザックが益々創作に身をうちこみ、益々刻薄な・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ お佐代さんが奢侈を解せぬほどおろかであったとは、誰も信ずることが出来ない。また物質的にも、精神的にも、何物をも希求せぬほど恬澹であったとは、誰も信ずることが出来ない。お佐代さんにはたしかに尋常でない望みがあって、その望みの前には一切の・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫