・・・ 保吉 女主人公は若い奥さんなのです。外交官の夫人なのです。勿論東京の山の手の邸宅に住んでいるのですね。背のすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪に結った女主人公ですか? 主筆 耳隠しでしょう・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・『奥さん、あなたのような方は実際日本より、仏蘭西にでも御生れになればよかったのです。』――とうとう私は真面目な顔をして、こんな事を云う気にさえなりました。すると三浦も盃を含みながら、『それ見るが好い。己がいつも云う通りじゃないか。』と、から・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ おとめはもとよりこの武士がわかいけれども勇気があって強くってたびたびの戦いで功名てがらをしたのをしたってどうかその奥さんになりたいと思っていたのですから、涙をはらはらと流しながら嘆息をして、なんのことばの出しようもありません。しまいに・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・……そうだもう一ついうことを忘れていたが、死ぬ番にあたった奴は、その褒美としてともちゃんを奥さんにすることができるんだ。このだいじな条件をいうのを忘れていた。おいともちゃん……ドモ又、もう描くのをやめろよ……ともちゃん、おまえ頼むから俺たち・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・こう云うのはフレンチの奥さんである。若い女の声がなんだか異様に聞えるのである。 フレンチは水落を圧されるような心持がする。それで息遣がせつなくなって、神経が刺戟せられる。「うん。すぐだ。」不機嫌な返事をして、神経の興奮を隠そうとして・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ こうして私と将棊をさすより、余所の奥さんと不義をするのが望なの?」 衝と手を伸して、立花が握りしめた左の拳を解くがごとくに手を添えつつ、「もしもの事がありますと、あの方もお可哀そうに、もう活きてはおられません。あなたを慕って下・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「だって、謹さん、私がこうして居いいために、一生貴方、奥さんを持たないでいられますか。それも、五年と十年と、このままで居たいたって、こちらに居られます身体じゃなし、もう二週間の上になったって、五日目ぐらいから、やいやい帰れって、言って来・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・子供二人ある奥さんとはどうしても見えない。「矢代君やり給え。余り美味くはないけれど、長岡特製の粽だと云って貰ったのだ」「拵えようが違うのか、僕はこういうもの大好きだ。大いに頂戴しよう」「余所のは米の粉を練ってそれを程よく笹に包む・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・「実際、君、そうや。」「わたしは何度も聴かされたんで、よく知っとります」と、細君がまた銚子を持って出て来て、僕等のそばに座り込んだ。「奥さんがその楯になるつもりです、ね?」「そうやも知れまへん」と笑っている。 友人は真面・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・「その人の奥さん」「なアに、妾だろう」「妾なんか、つまりませんわ」「じゃア、おれの奥さんにしてやろうか?」と、からだを引ッ張ると、「はい、よろしく」と、笑いながら寄って来た。 四 翌朝、食事をすまして・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫