・・・「あの奥さんがYと?」と私は何度も何度も一つ事を繰返して「そうだよ、ホントウだよ」とU氏に何度もいわれても自分の耳を疑わずにはいられなかった。六 駿馬痴漢を乗せて走るというが、それにしてもアノ美貌を誇る孔雀夫人が択りに択・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・である事、真の人間を作るには学問教育よりは人生の実際の塩辛い経験が大切である事、茶屋女とか芸者とかいうような下層に沈淪した女が案外な道徳的感情に富んでいて、率という場合懐ろ育ちのお嬢さんや女学生上りの奥さんよりも遥に役に立つ事を諄々と説き、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・少し取り乱してはいるが、上流の奥さんらしく見える人が変な事を言うと思ったのである。書記等は多分これはどこかから逃げて来た女気違だろうと思った。 女房は是非縛って貰いたいと云って、相手を殺したという場所を精しく話した。 それから人を遣・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・「なんとおっしゃっても、私は、手術を受けるのが怖ろしいのでございます。」と、婦人は、光るメスを、はさみを考えると、身ぶるいをしました。「奥さん、T町に有名な先生があります。この方の手術なら、まったく安心して受けられます。けっして二度・・・ 小川未明 「世の中のこと」
・・・「奥さんは字がお上手なんですね」 しかし、その皮肉が通じたかどうか、顔色も声の調子も変えなかった。じっと前方を見凝めたまま相変らず固い口調で、「いいえ、上手と違いますわ。この頃は気持が乱れていますのんか、お手が下ったて、お習字の・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・「あなたの奥さんのうちは財産家なんで、子供の面倒も見てくれるんで、それで奥さんのことというと大事に思うんだろうが、わたしのうちはね、貧乏でね、お産の世話もしないというんでね、それでわたしのことというと、どっこまでもそうしてばかにするんだ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・彼女は、それぞれ試験がすんで帰ってくる坊っちゃん達を迎えに行っている庄屋の下婢や、醤油屋の奥さんや、呉服屋の若旦那やの眼につかぬように、停車場の外に立って息子を待っていた。彼女は、自分の家の地位が低いために、そういう金持の間に伍することが出・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ 客は無雑作に、「奥さん。トいう訳だけで、ほかに何があったのでも無いのですから、まわり気の苦労はなさらないでいいのですヨ。おめでたいことじゃありませんかネ、ハハハ。」と朗かに笑った。ここの細君は今はもう暗雲を一掃されてしまって、・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・「弥生町の奥さんがいらしった時に、なんでもそんな話だったぜ。」「知りもしないくせに――」 次郎が私に向かって、こんなふうに強く出たことは、あとにも先にもない。急に私は自分を反省する気にもなったし、言葉の上の争いになってもつまらな・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・でないと夏分のお客さんは水にこまるし、あのかわいそうな奥さんと子ども衆もいなくなってしまいますからね」 と言いました。 で鳩は今度は海岸に飛んで行きました。そこではさきほどの百姓の兄弟にあたる人が引き網をしていました。鳩は蘆の中にと・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫