・・・太陽はどっか雲の奥深いところにある。 窓の真下は冬宮裏の河岸だ。十九世紀ヨーロッパの立派な石の河岸だ。人は通っていない。太い鉄の鎖がどっしり石柱と石柱との間にたれ、わらが数本ちらばっている。ネ河は絶えずはやく流れ、音なくはやく流れている・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・だのを書いたツルゲーネフが、この作家の奥深い現実への感覚とその文学を理解しなかったのも面白い。半生をパリで暮らしたツルゲーネフには当時のロシアの前進する若い力の表面の動きは外からつかめても、社会の底に湛えられてその支えとなっていたシチェード・・・ 宮本百合子 「翻訳の価値」
・・・不思議な奥深い寂寞の感じは、動かぬその蓼の房花によって語られているかと思われる。 ところが、偶然その蓼の花を、今年は近く毎日眺め暮すことになった。 私共の家の裏に、一軒小さな家がある。そこに一人のお爺さんが暮していた。私共が引越して・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・ ―――――――――――― 一抱えに余る柱を立て並べて造った大廈の奥深い広間に一間四方の炉を切らせて、炭火がおこしてある。その向うに茵を三枚畳ねて敷いて、山椒大夫は几にもたれている。左右には二郎、三郎の二人の息子が狛・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫