・・・それだからというて別に彼らを慰めてやる方法もないので困って居た所が、この正月に碧梧桐が近所へ転居して来たので、その妻君や姉君が時々見舞われるのは、内の女どもにとりてはこの上もない慰みになるようになった。殊に三月の末であったか、碧梧桐一家の人・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・やがて向いの家の妻君、即ち高ちャんという子のおッかさんが出て来て「高ちャん、猫をいじめるものじャありません、いじめると夜化けて出ますよ、早く逃がしておやりなさい」と叱った。すると高ちャんという子は少し泣き声になって「猫をつかまえて来たのはあ・・・ 正岡子規 「飯待つ間」
・・・早く日本の肴が喰いたい、早く日本の蒲団に寝たい、などといって居る。早く妻君の顔が見たいと思うて居るのも二人や三人はあるらしい。翌日は彦島へ上って風呂にはいった。着物も消毒してもろうた。この日は快晴であったが、山の色は奇麗なり、始めて白い砂の・・・ 正岡子規 「病」
・・・ 下級の先生の良人が折からその場にいあわせて、おそらく妻君のばつのよくない仕儀について何も知らなかったのだろう、しきりに唱歌の先生へもわけてお上げよと云うのに、この人はいいのよ、とがんばったというのも面白い。唱歌の先生は世帯持ちでないと・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・いろいろ話し、若い男がひとの妻君に対する心持など、感ずるところが多かった。 ――自分の妻君にされちゃ厭だと思うことは、ひとの奥さんにも仕ないのが本当だろう―― 幾分警告的な意味で云ったが、嫉妬ということが、不図これまでの心持と違った・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・ 漱石の妻君の弟に、建築家があった。その人は、建築家仲間がその姓名のゴロを合わせて、「アドヴァンテージ」というあだ名で呼ぶような人柄であった。漱石は、その人をすかなかった。親類でも、いやな奴はいやな奴として表現する。それが漱石であった。・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・子供づれの友人の妻君も一緒で、石段がこれからはじまろうというとき、私は、「ちょっと、ちょっと」と、宿の提灯を下げて先に立って行ってくれる友人の一人をよびとめた。「どう? くりぜんざいというものがあるんですがね、平気ですか?」・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・一年半ばかりゴロゴロ そこの妻君の兄のところへうつる、 そこはい難いので夜だけ富士製紙のパルプをトラックにつんで運搬した、人足 そしたら内になり 足の拇指をつぶし紹介されて愛婦の封筒書きに入り居すわり六年法政を出る、「あすこへ入らな・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
・・・――×××が妻君をなくし、子供は三人あるが――どうです、その人と結婚する気になりませんか」と云ったと云うことなど、千鶴子は屈辱を感じてはる子に話した。各々の言葉がその人らしくはる子は面白いと思いつつ、千鶴子の癪にさわった気持も分った。・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ 小酒井博士 ひどい肺病 妻君 かげで女中をしかりつけ、夫のところへ来ると、まるでわざとらしい微笑をはなさず。 夫 下手、 手伝の若い女の自惚 夢 父が子供につき落されて、川に落つ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫