・・・ さておれの身は如何なる事ぞ? おれも亦まツこの通り……ああ此男が羨ましい! 幸福者だよ、何も聞ずに、傷の痛みも感ぜずに、昔を偲ぶでもなければ、命惜しとも思うまい。銃劒が心臓の真中心を貫いたのだからな。それそれ軍服のこの大きな孔、孔の周・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・がまさかそうとは考えなかったもんだから、相当の人格を有して居られる方だろうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云いなりになって延期もして来たような訳ですからな、この上は一歩も仮借する段ではありません。如何なる処分を受けても苦しくないと云う貴方の証・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・リップスによれば、モラールは時と処と人とによって異なる道徳的見解、要求の類であり、如何なる民族も、階級も、個人もそれぞれこれを持っている。かかるモラールには真に道にかなう因子が含まれているに相違ないが、人間が人間である限り、道にかなわぬもの・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・が大工の息子もまた夢見る。如何なる時代にあっても青年が夢見なくなるということはあるまじきことであり、もしあるなら人類は衰亡に向かったものである。夢見る、理想主義の青年のみが健やかなる青年であり、次代を荷い、つくる青年なのである。 まして・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・吾々は、ブルジョア的平和主義者や、日和見主義者に変ることなく、吾々が階級社会に住んでいること、階級闘争と支配階級の権力の打倒との外には、それからの如何なる遁れ路もないし、またあり得ないことを忘れてはならぬ。吾々のスローガンはこうでなければな・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・その一生のつとめを終ってしまった樹木が、だん/\に、どこからともなく枯れかけて、如何なる手段を施しても、枯れるものを甦らすことは出来ないように死んでしまった。 土地も借金も同時になくなってしまったことを僕は喜んだ。せい/\とした。虹吉は・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・これに就いて可笑しい話は、柄が三尺もある大きい薪割が今も家に在りますが、或日それを窃に持出しコツコツ悪戯して遊んで居たところ、重さは重し力は無し、過って如何なる機会にか膝頭を斬りました。堪らなく痛かったが両親に云えば叱られるから、人前だけは・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・問わずして荒川とは知るものから、昨日と今日とは見どころ異れば同じ流れながら如何なるさまをかなせると、路より少し左に下る小径のあるにまかせて伝い行くに、たちまちにしてささやかなる家を得たり。家は数十丈の絶壁にいと危くも桟づくりに装置いて、旅客・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 故に人間の死ぬのは最早問題ではない、問題は実に何時如何にして死ぬかに在る、寧ろ其死に至るまでに如何なる生を享け且つ送りしかに在らねばならぬ。 三 苟くも狂愚にあらざる以上、何人も永遠・無窮に生きたいとは言わぬ、・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・と、かっぽれは如何なる理由からか、ひどく声をひそめて尋ねる。「フランスでは、」と固パンは英語のほうでこりたからであろうか、こんどはフランスの方面の知識を披露する。「リベルタンってやつがあって、これがまあ自由思想を謳歌してずいぶんあばれ廻・・・ 太宰治 「十五年間」
出典:青空文庫