・・・婦人には月々の生理週間と妊娠と分娩後の静養と哺乳との、男子にはない特殊事情がある。これは自然が婦人に課したる特殊負荷であって厳粛なものでありこれがある以上、決して、職業の問題について、男子と婦人とを同一に考えるべきものではない。この意味にお・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・まだその時は妊娠中だった妻は、けだるそうにして、子供たちをうるさがった。 暫らくたって、主人は、与助が帰ったかどうかを見るために、醸造場の方へやって来た。主人を見ると、与助は、積金だけは、下げて呉れるように、折入って頼んだ。 主・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ 坑夫は洞窟の周囲に、だにのように群がりついて作業をつゞけた。妊娠三カ月になる肩で息をしている女房や、ハッパをかけるとき、ほかの者よりも二分間もさきに逃げ出さないと逃げきれない脚の悪い老人が、皆と一緒に働いていた。そこにいる者は、脚の趾・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・例えば女の天性妊娠するの約束なるが故に妊娠中は斯く/\の摂生す可しと、特に女子に限りて教訓するが如きは至極尤に聞ゆれども、男女共に犯す可らざる不徳を書並べ、男女共に守る可き徳義を示して、女ばかりを責るとは可笑しからずや。犬の人にかみつきて却・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一 婦人の妊娠出産は勿論、出産後小児に乳を授け衣服を着せ寒暑昼夜の注意心配、他人の知らぬ所に苦労多く、身体も為めに瘠せ衰うる程の次第なれば、父たる者は其苦労を分ち、仮令い戸外の業務あるも事情の許す限りは時を偸んで小児の養育に助力し、暫く・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ アメリカやイギリスその他の国々で、看護婦の私的生活は、職務からすっかりきりはなされていて、例えば結婚して妊娠すれば、母となるという仕事は、看護婦という職業の面からきりはなされて、その人個人の処置にゆだねられます。モスクワの病院では、労・・・ 宮本百合子 「生きるための協力者」
・・・彼女は妊娠している。うつむきながら、決心と期待と不安とをこめて一つ二つと左手でノックする。右の手は、重い腹をすべって垂れ下っている粗いスカートを掴むように握っている。「医者のもとで」という題のこのスケッチには不思議に心に迫る力がこもって・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・女が妊娠しても男は責任を負わない。 それでも女は訴えるところがない。フランスの恋愛技術は男より数の多すぎる女の経済的必要から進歩して居るかも知れないが、社会的にはそういう風な個人的なものである。 * ソヴ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトに於ける「恋愛の自由」に就て」
・・・ その婆さんが話したが、呉服橋ぎわの共同便所の処で三十七人死んだ、その片われの三人が助かった様子、中二人は夫婦で若く、妻君は妊娠中なので、うしろの河に布団をしずめて河に入れて置いたが、水が口まで来てアプアプするので、仕方なく良人も河にと・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ マリーナは、合点合点をし、ダーリヤの滑らかな血色のよい頬を情をこめて撫でたたいた。「可愛いダーシェンカ、あんたは優しいいい娘さんですよ、――どうか立派な児供が生れますように」 妊娠のために感じ易くなっているダーリヤはマリーナを・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫