・・・たちまち花、森、泉、恋、白鳥、王子、妖精が眼前に氾濫するのだそうであるが、あまりあてにならない。この次女の、する事、為す事、どうも信用し難い。ショパン、霊感、足のバプテスマ、アアメン、「梅花」、紫式部、春はあけぼの、ギリシャ神話、なんの連関・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・その水中を泳ぐ格好がなかなか滑稽で愛敬があり到底水上では見られぬ異形の小妖精の姿である。鳥の先祖は爬虫だそうであるが、なるほどどこか鰐などの水中を泳ぐ姿に似たところがあるようである。もっとも親鳥がこんな格好をして水中を泳ぎ回ることは、かつて・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・こうしたじめじめした池沼のほとりの雰囲気はいつも自分の頭のどこかに幼い頃から巣くっている色々な御伽噺中の妖精を思い出すようである。 大正池の畔に出て草臥れを休めていると池の中から絶えずガラガラガラ何かの機械の歯車の轢音らしいものが聞こえ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ 妖精の舞踊や、夢中の幻影は自分にはむしろないほうがよいと思われた。 この映画も見る人々でみんなちがった見方をするようである。自分のようなものにはこの劇中でいちばんかわいそうなは干物になった心臓の持ち主すなわちにんじんのおかあさんで・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・それが小さな、可愛らしい、夏夜の妖精の握り拳とでも云った恰好をしている。夕方太陽が没してもまだ空のあかりが強い間はこの拳は堅くしっかりと握りしめられているが、ちょっと眼を放していてやや薄暗くなりかけた頃に見ると、もうすべての花は一遍に開き切・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・それが小さな、かわいらしい、夏夜の妖精の握りこぶしとでもいった格好をしている。夕方太陽が没してもまだ空のあかりが強い間はこのこぶしは堅くしっかりと握りしめられているが、ちょっと目を放していてやや薄暗くなりかけたころに見ると、もうすべての花は・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・の絵にはどこかに西欧の妖精らしい面影が髣髴と浮かんでいる。著者の小品集「怪談」の中にも出て来る「轆轤首」というものはよほど特別に八雲氏の幻想に訴えるものが多かったと見えて、この集中にも、それの素描の三つのヴェリエーションが載せられている。そ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・幼い子等には、まだ見たことのない父母の郷国が、お伽噺の中の妖精国のように不思議な幻像に満たされているように思われるらしい。例えば郷里の家の前の流れに家鴨が沢山並んでいて、夕方になると上流の方の飼主が小船で連れに来るというような何でもない話で・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・私にはただなんとなくそれがおとぎ話にあるようなさびしい山中の妖精の舞踊を思い出させた。そしてその時なぜだか感傷的な気分を誘われた。 その時見舞った病人はそれからまもなくなくなったのである。 私は今でも盆踊りというとその夜を思い出すが・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・岩波文庫では「愛の妖精」という題で訳されているこの物語の、条件的ではあるが否めない全体の美しさ、不仕合わせを、そうでないものにかえてゆくファアデットの女らしく而も健気で人生的な気力とそれを語る作者の情熱の味いを知っている人々にとって、正直な・・・ 宮本百合子 「生産文学の問題」
出典:青空文庫