・・・ては随筆に飛騨、信州などの山近な片田舎に、宿を借る旅人が、病もなく一晩の内に息の根が止る事がしばしば有る、それは方言飛縁魔と称え、蝙蝠に似た嘴の尖った異形なものが、長襦袢を着て扱帯を纏い、旅人の目には妖艶な女と見えて、寝ているものの懐へ入り・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 阿部定の事件が起ったのは、丁度そんな時だ。妖艶な彼女が品川の旅館で逮捕された時、号外が出て、ニュースカメラマンが出動した。いわば一代の人気女であったが、彼女はこの人気を閨房の秘密をさらけ出すことによって獲得した。さらけ出された閨房は彼・・・ 織田作之助 「世相」
・・・かくの如き江戸衰亡期の妖艶なる時代の色彩を想像すると、よく西洋の絵にかかれた美女の群の戯れ遊ぶ浴殿の歓楽さえさして羨むには当るまい。 * 小石川は東京全市の発達と共に数年ならずしてすっかり見違えるようになってし・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・座附女優諸嬢の妖艶なる湯上り姿を見るの機を得たのもこの時を以て始めとする。但し帝国劇場はこの時既に興行十年の星霜を経ていた。 わたしはこの劇場のなおいまだ竣成せられなかった時、恐らくは当時『三田文学』を編輯していた故であろう。文壇の諸先・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・蕪村に至りては阿古久曽のさしぬき振ふ落花かな花に舞はで帰るさ憎し白拍子花の幕兼好を覗く女ありのごとき妖艶を極めたるものあり。そのほか春月、春水、暮春などいえる春の題を艶なる方に詠み出でたるは蕪村なり。例えば伽・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫