・・・そもそも歌の腐敗は『古今集』に始まり足利時代に至ってその極点に達したるを、真淵ら一派古学を闢き『万葉』を解きようやく一縷の生命を繋ぎ得たり。されど真淵一派は『万葉』を解きて『万葉』を解かず、口には『万葉』をたたえながらおのが歌は『古今』以下・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・講釈がまた始まりました。「心暫らくも安らかなることなしと、どうじゃ、みなの衆、ただの一時でも、ゆっくりと何の心配もなく落ち着いたことがあるかの。もういつでもいつでもびくびくものじゃ。一度梟身を尽して又新に梟身を得と斯うじゃ。泣いて悔やん・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ それから教会の方で、賑やかなバンドが始まりました。それが風下でしたから、手にとるように聞えました。それがいかにも本式なのです。私たちは、はじめはこれはよほど費用をかけて大陸から頼んで来たんだなと思いましたが、あとで聞きましたら、あの有・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・けれども戦争が始まり、特に大東亜戦争が始まってから少女達の生活も大変な変化をしました。 家族の中から沢山の人が兵隊にとられて生活の事情が今までよりも困難になった為に、家庭生活の重みが少女達の肩にも幾分かずつ掛りはじめたということもありま・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・それが始まりで、祖母は火鉢の火でも炉の火でも、からでおこっている火の色を見ていると気分がわるくなる癖があった。しかめた顔をそむけるようにして、何か掛けろっちゃ、と米沢の言葉で云った。足の裏の気持がわるいと云って、夏でも足袋はいて、草むしりし・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・ 昔の慈愛ふかい両親たちは、その娘が他家へ縁づけられてゆくとき、愈々浮世の波にもまれる始まり、苦労への出発というように見て、それを励したり力づけたりした。その時分苦労と考えられていたことの内容は、女はどうせ他家の者とならなければならない・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・プロレタリア文学の擡頭に対しても「この頃やつと始まりしは、反つて遅すぎる位なり。」「蒼生と悲喜を同うするは軽蔑すべきことなりや否や。僕は如何に考ふるも、彫虫の末技に誇るよりは高等なるを信ずるものなり。」と感じつつも「プロレタリアは悉く善玉、・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・まァ、いつも人は、始まり始まりといって、太鼓でも叩いて行くのだな。死ぬときだって、僕らはそう為ようじゃないですか。」「そうだな。」 漸やく泣き停ったような栖方の正しい靴音が、また梶に聞えて来た。六本木の停留所の灯が二人の前へさして来・・・ 横光利一 「微笑」
・・・この様式もいつの時かに始まり、そうして後に固定したものに相違ない。が、その謎めいて古い起源が我々には魔力的に感ぜられるのである。 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・村から二、三町で松や雑木の林が始まり、それが子供にとって非常に広いと思われるほど続いて、やがて山の斜面へ移るのであるが、幼いころの茸狩りの場所はこの平地の林であり、小学校の三、四年にもなれば山腹から頂上へ、さらにその裏山へと探し回った。今で・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫