・・・京都出来のものを朝鮮へ埋めて置いて、掘出させた顔で、チャンと釣るなぞというケレン商売も始まるのである。もし真に掘出しをする者があれば、それは無頼溌皮の徒でなければならぬ。またその掘出物を安く買って高く売り、その間に利を得る者があれば、それは・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 夏になると朝習いというのが始まるので、非常に朝早く起きて稽古に行ったものです。ところが毎朝通る道筋の角に柳屋という豆腐屋がある、其処の近所に何時も何時も大きな犬が寐転んで居る。子供の折は犬が非常に嫌いでしたから、怖々に遠くの方を通ると・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・お君はフト電信柱に、「共産党の公判が又始まるぞ。ストライキとデモで我等の前衛を奪カンせよ!」と書かれているビラを見た。ストライキとデモで……お君は口の中でくりかえして見た……我等の前衛を奪カンせよ。――日本中の工場がみんなその為にストライキ・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・が流れ込んでくると、「友喰い」が始まるのだ。小樽や函館にいる自由労働者は、この俊寛達を敵よりもひどくにめつける。冬になつて仕事が減る。そこへもつてきて、こやつらは、そうでなくても少ない分前を、更に横取りしようとする。この「友喰い」は労働者を・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・ 塾で新学年の稽古が始まる日には、高瀬は知らない人達に逢うという心を持って、庭伝いに桜井先生を誘いに行った。早起の先生は時間を待ち切れないで疾くに家を出た。裏庭には奥さんだけ居て、主婦らしく畠を見廻っていた。「でも、高瀬さん、田舎で・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
千鳥の話は馬喰の娘のお長で始まる。小春の日の夕方、蒼ざめたお長は軒下へ蓆を敷いてしょんぼりと坐っている。干し列べた平茎には、もはや糸筋ほどの日影もささぬ。洋服で丘を上ってきたのは自分である。お長は例の泣きだしそうな目もとで・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・反対の方角から来た電車も留まって、その中でも大騒ぎが始まる。ひどく肥満した土地の先生らしいのが、逆上して真赤になって、おれに追い附いた。手には例の包みを提げている。おれは丁寧に礼を言った。肥満した先生は名刺をくれておれと握手した。おれも名刺・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・の仕事がこれからようやく始まる。すなわち芸術家としての映画監督の主要な仕事としてのいわゆるモンタージュの芸術が行なわれるのである。 シナリオを書くまでは必ずしも映画の技術に精通しない素人でも多少「映画的表現」すなわち「映画の言葉」を心得・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・その頃の私には知る由もない何かの事情で、父は小石川の邸宅を売払って飯田町に家を借り、それから丁度日清戦争の始まる頃には更に一番町へ引移った。今の大久保に地面を買われたのはずっと後の事である。 私は飯田町や一番町やまたは新しい大久保の家か・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・劇の一段がたった五六行で、始まるかと思うとすぐしまわねばならぬと思うのに、作者は大胆にも平気でいくらでも、こんな連鎖を設けている。無論マクベスの発端のように行数は短かくても、興味の上において全篇を貫く重みのあるものは論外であるが、平々凡々た・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
出典:青空文庫