・・・ 沼南夫人のジャラクラした姿態や極彩色の化粧を一度でも見た人は貞操が足駄を穿いて玉乗をするよりも危なッかしいのを誰でも感ずるだろう。が、世界の美人を一人で背負って立ったツモリの美貌自慢の夫人が択りに択って面胞だらけの不男のYを対手に恋の・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・小説の勉強はまずデッサンからだと言われているが、デッサンとは自然や町の風景や人間の姿態や、動物や昆虫や静物を写生することだと思っているらしく、人間の会話を写生する勉強をする人はすくない。戯曲を勉強した人が案外小説がうまいのは、彼等の書く会話・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・それとも一種のすねた抗議の姿態だろうか。 娘は暫くだまって肩で息をしていたが、いきなり小沢の背中に顔をくっつけて、泣き出した。「何を泣いてるんだ……?」 小沢はわざと冷淡な声を出しながら、窓の外の雨の音を聴いていた。……・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・彼がそのなかに見る半ば夢想のそして半ば現実の男女の姿態がいかに情熱的で性欲的であるか。またそれに見入っている彼自身がいかに情熱を覚え性欲を覚えるか。窓のなかの二人はまるで彼の呼吸を呼吸しているようであり、彼はまた二人の呼吸を呼吸しているよう・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ただ、おのれのロマンチックな姿態だけが、問題であったのです。 やがて夢から覚めました。左翼思想が、そのころの学生を興奮させ、学生たちの顔が颯っと蒼白になるほど緊張していました。少年は上京して大学へはいり、けれども学校の講義には、一度も出・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・いいとしをして思慮分別も在りげな男が、内実は、中学生みたいな甘い咏歎にひたっていることもあるのだし、たかが女学生の生意気なのに惹かれて、家も地位も投げ出し、狂乱の姿態を示すことだってあるのです。それは、日本でも、西欧でも同じことであるのです・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・七年間、ほかの人から見たならば、私の微笑は、私の姿態は、この建築物よりいっそう汚れて見えるだろう。おや? 不思議のこともあるものだ。あの岩がなくなっているのである。ねえ、この岩が、お母さんのような気がしない? あたたかくて、やわらかくて、こ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・けれどもその高慢にして悧※、たとえば五月の青葉の如く、花無き清純のそそたる姿態は、当時のみやび男の一、二のものに、かえって狂おしい迄の魅力を与えた。 アグリパイナは、おのれの仕合せに気がつかないくらいに仕合せであった。兄は、一点非なき賢・・・ 太宰治 「古典風」
・・・とひくく私に言って聞かせながら、ペリカンの様様の姿態をおそろしく乱暴な線でさっさと写しとっていた。「僕のスケッチをいちまい二十円くらいで、何枚でも買って呉れるというひとがあるのです」にやにやひとりで笑いだした。「僕は馬場みたいに出鱈目を言う・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ただ、唇の両端が怜悧そうに上へめくれあがって、眼の黒く大きいのが取り柄である。姿態について、家人に問うと、「十六では、あれで大きいほうではないでしょうか。」と答えた。また、身なりについては、「いつでも、小ざっぱりしているようじゃございません・・・ 太宰治 「めくら草紙」
出典:青空文庫