・・・……日蓮が母存生しておはせしに、仰せ候ひしことも、あまりに背き参らせて候ひしかば、今遅れ参らせて候が、あながちにくやしく覚えて候へば、一代聖教を検べて、母の孝養を仕らんと存じ候。」 一体日蓮には一方パセティックな、ほとんど哭くが如き、熱・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
二葉亭主人の逝去は、文壇に取っての恨事で、如何にも残念に存じます。私は長谷川君とは対面するような何等の機会をも有さなかったので、親しく語を交えた事はありませんが、同君の製作をとおして同君を知った事は決して昨今ではありません。抑まだ私な・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・をいちいち遺漏無く申上げる事は甚だ困難の事で、かつまた一席の御話には不適当な事でございますから、ただ今はただ馬琴の小説中に現われて居りまする人物と当時の実社会の人物という一条について、御話を試みようと存じます。小説と社会との重要な関係点は、・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・ と無慾の人だから少しも構いませんで、番町の石川という御旗下の邸へ往くと、お客来で、七兵衞は常々御贔屓だから、殿「直にこれへ……金田氏貴公も予て此の七兵衞は御存じだろう、不断はまるで馬鹿だね、始終心の中で何か考えて居って、何を問い掛・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・おものも申さで立ち候こと本意なき限りに存じまいらせ候。なにとぞお許しくだされたく候。 これは足を洗いながら自分が胸の中で書いた手紙である。そして実際にこんな手紙が残してあるかもしれないと思う。出ようとする間ぎわに、藤さんはとんとんと・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ん、いや日本一ばんは即ち世界一ばんという事になりますが、一ばん大きな山椒魚を私の生きて在るうちに、ひとめ見たいものだという希望に胸を焼かれて、これまた老いの物好きと、かの貧書生などに笑われるのは必定と存じますが、神よ、私はただ、大きい山椒魚・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・作者は、HERBERT EULENBERG. もちろん無学の私は、その作者を存じて居りません。巻末の解説にも、その作者に就いては、何も記されて在りません。もっとも解説者は小島政二郎氏であって、小島氏は、小説家としては私たちの先輩であり、その・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・彼はわざわざそれを持って台所で何かしている細君に見せに行ったが、そういう物にはさっぱり興味のない細君はろくによく見る事もしないで、「存じません」と言ったきり相手になってくれなかった。老母も奥の隠居部屋から出て来て、めがねでたんねんに検査して・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ こんな取止めもない事では雑誌に載せて頂くのは如何かと存じますが御返事までに申上げます、どうか悪しからず願います。草々。 寺田寅彦 「書簡(1[#「1」はローマ数字1、1-13-21])」
・・・御存じの琥珀と云うものがありましょう。琥珀の中に時々蠅が入ったのがある。透かして見ると蠅に違ありませんが、要するに動きのとれない蠅であります。蠅でないとは言えぬでしょうが活きた蠅とは云えますまい。学者の下す定義にはこの写真の汽車や琥珀の中の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫