・・・ この徳二郎という男はそのころ二十五歳ぐらい、屈強な若者で、叔父の家には十一二の年から使われている孤児である。色の浅黒い、輪郭の正しい立派な男、酒を飲めば必ず歌う、飲まざるもまた歌いながら働くという至極元気のよい男であった。いつも楽しそ・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ すなわち学校、孤児院の経営、雑誌の発行、あるいは社会運動、国民運動への献身、文学的精進、宗教的奉仕等をともにするのである。二つ夫婦そらうてひのきしんこれがだいいちものだねや これは天理教祖みき子の数え歌だ。子を・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・――俺だって誰れも省みて呉れん孤児じゃないんだ! それを、どうしてこんな冷たいシベリアへやって来たんだ! どうして!……彼は嘆息した。と、それと一緒に、又哀れげな呻きが出てきた。「どいつも、こいつも弱みその露助みたいに呻きやがって!」見・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・あの花に味噌を着けたら食えぬことは有るまい、最後はそれだ、と腹の中で定めながら、なお四辺を見て行くと、百姓家の小汚い孤屋の背戸に椎の樹まじりに粟だか何だか三四本生えてる樹蔭に、黄色い四弁の花の咲いている、毛の生えた茎から、薄い軟らかげな裏の・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・ 三 龍介は歩きながら、やはり友だちがほしくなるのを感じた。孤りでいるのが恐いのだ。過去が遠慮もなく眼をさますからだった。それは龍介にとって亡霊だった。――酒でもよかった。が、酒では酔えない彼はかえって惨めになるのを・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・彼女は孤独で震えるように成ったばかりでなく、もう長いこと自分の身体に異状のあることをも感じていた。彼女は娘のお新と共に――四十の歳まで結婚させることも出来ずに処女で通させて来たような唯一人の不幸なお新と共に最後の「隠れ家」を求めようとするよ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・と小声で吟じ、さて、何の面白い事もなく、わが故土にいながらも天涯の孤客の如く、心は渺として空しく河上を徘徊するという間の抜けた有様であった。「いつまでもこのような惨めな暮しを続けていては、わが立派な祖先に対しても申しわけが無い。乃公もそ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ ところが、政治の場合に於いては、二百票よりも、三百票が絶対の、ほとんど神の審判の前に於けるがごとき勝利にもなるだろうが、文学の場合に於いては少しちがうようにも思われる。 孤高。それは、昔から下手なお世辞の言葉として使い古さ・・・ 太宰治 「徒党について」
・・・ 四 紅雀 年を取った独身の兄と妹が孤児院の女の児を引取って育てる。その娘が大きくなって恋をする、といったような甘い通俗的な人情映画であるが、しかし映画的の取扱いがわりにさらさらとして見ていて気持のいい、何かしら美・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・ 女中に聞いてみると、この橋の袂へ猫を捨てに来る人が毎日のようにあって、それらの不幸なる孤児等が自然の径路でこの宿屋の台所に迷い込んで来るそうである。なるほど始めてここへ来たときから、この村に痩せた猫の数のはなはだ多いことに気が付いたく・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
出典:青空文庫