・・・ 答 国立孤児院にありと聞けり。 トック君はしばらく沈黙せる後、新たに質問を開始したり。 問 予が家は如何? 答 某写真師のステュディオとなれり。 問 予の机はいかになれるか? 答 いかなれるかを知るものなし。 ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・「一抔土未乾 六尺孤安在」の双句は天成のデマゴオクを待たない限り、発し得ない名言だったからである。 わたしは歴史を翻えす度に、遊就館を想うことを禁じ得ない。過去の廊下には薄暗い中にさまざまの正義が陳列してある。青竜刀に似ているのは儒教の・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・最愛最惜の夫人の、消息の遅さを案じて、急心に草を攀じた欣七郎は、歓喜天の御堂より先に、たとえば孤屋の縁外の欠けた手水鉢に、ぐったりと頤をつけて、朽木の台にひざまずいて縋った、青ざめた幽霊を見た。 横ざまに、杖で、敲き払った。が、人気勢の・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・……御存じかも知れません、芳年の月百姿の中の、安達ヶ原、縦絵二枚続の孤家で、店さきには遠慮をする筈、別の絵を上被りに伏せ込んで、窓の柱に掛けてあったのが、暴風雨で帯を引裂いたようにめくれたんですね。ああ、吹込むしぶきに、肩も踵も、わなわな震・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・されるが、例えば信乃が故主成氏の俘われを釈かれて国へ帰るを送っていよいよ明日は別れるという前夕、故主に謁して折からのそぼ降る雨の徒々を慰めつつ改めて宝剣を献じて亡父の志を果す一条の如き、大塚匠作父子の孤忠および芳流閣の終曲として余情嫋々たる・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 河鯉権守夫れ遠謀禍殃を招くを奈ん 牆辺耳あり防を欠く 塚中血は化す千年碧なり 九外屍は留む三日香ばし 此老の忠心きようじつの如し 阿誰貞節凜として秋霜 也た知る泉下遺憾無きを ひつぎを舁ぐの孤児戦場に趁く 蟇田素藤・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・身に一文もなくして孤児です。その人がドウして生涯を立てたか。伯父さんの家にあってその手伝いをしている間に本が読みたくなった。そうしたときに本を読んでおったら、伯父さんに叱られた。この高い油を使って本を読むなどということはまことに馬鹿馬鹿しい・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・「二人とも、おなくなりなさったので……あなたは、孤児なんですね。」といって、独りでそうきめてしまいました。 盲目のおじいさんは、おばあさんのそでをひきました。「やさしい子でもあるし、両親がないというのだから、幸い、家の子にしては・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・果して、彼等の幾何、再検討を請求して、敢て恥ざるものがあるか、ということである。孤行高しとすることこそ、芸術家の面目でなければならぬ、衆俗に妥協し、資本力の前に膝を屈した徒の如きは、表面いかに、真摯を装うことありとも、冷徹たる批評眼の前に、・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・されば小供への土産にと城下にて買いし菓子の袋開きてこの孤児に分つ母親もすくなからざりし。父は見知らぬ風にて礼もいわぬが常なり、これも悲しさのあまりなるべしと心にとむる者なし。「かくて二年過ぎぬ。この港の工事なかばなりしころ吾ら夫婦、島よ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
出典:青空文庫