・・・「日本の神々様、どうか私が睡らないように、御守りなすって下さいまし。その代り私はもう一度、たとい一目でもお父さんの御顔を見ることが出来たなら、すぐに死んでもよろしゅうございます。日本の神々様、どうかお婆さんを欺せるように、御力を御貸し下・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ お蓮は眼の悪い傭い婆さんとランプの火を守りながら、気味悪そうにこんな会話を交換する事もないではなかった。 旦那の牧野は三日にあげず、昼間でも役所の帰り途に、陸軍一等主計の軍服を着た、逞しい姿を運んで来た。勿論日が暮れてから、厩橋向・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ここで僕は氏に「己れはあえて旧生活を守りながら、進んで新生活の思想に参加せんとする場合、新生活を否定しないものであるかぎり、そこに自己の心情に対して、平らかなりえない心持ちの動くべきではないか」と尋ねてみたいとも思うが、それは少し僭越過ぎる・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 操は二人とも守り得た。彫刻師はその夜の中に、人知れず、暗ながら、心の光に縁側を忍んで、裏の垣根を越して、庭を出るその後姿を、立花がやがて物語った現の境の幻の道を行くがごとくに感じて、夫人は粛然として見送りながら、遥に美術家の前程を祝し・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・これならば夜をここに寝られぬ事もないと思ったが、ここへ眠ってしまえば少しも夜の守りにはならないと気づいたから、夜は泊らぬことにしたけれど、水中の働きに疲れた体を横たえて休息するには都合がよかった。 人は境遇に支配されるものであるというこ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・自分が姉を見上げた時に、姉の後に襷を掛けた守りのお松が、草箒とごみとりとを両手に持ったまま、立ってて姉の肩先から自分を見下して居た。自分は姉の可愛がってくれるのも嬉しかったけれど、守りのお松もなつかしかった。で姉の顔を見上げた目で直ぐお松の・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・親子四人の為めに僅かの給料で毎日々々こき使われ、帰って晩酌でも一杯思う時は、半分小児の守りや。養子の身はつらいものや、なア。月末の払いが不足する時などは、借金をするんも胸くそ悪し、いッそ子供を抱いたまま、湖水へでも沈んでしまおか思うことがあ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・「夜中でも起きて、私は、牛乳を飲ませたり、泣くときは守りをしなければなりません。」と、娘は、答えました。 美しい、やさしい少女は、感心してしまいました。「わたしが、今夜、あなたに代わって赤ちゃんの守りをしてあげましょうか……。」・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・龍雄はよくその約束を守りました。そして翌日の朝、汽車が故郷の停車場に着いたとき、男に別れを告げて、男のおかげで無事に停車場からも出ることができました。 彼は両親にしかられる覚悟をして家へ帰りますと、圃に出てなにかしていた母親は、龍雄の姿・・・ 小川未明 「海へ」
・・・と自称するきびしい教授法を守りながら、貧乏ぐらしを続けるのだった。 ところが、去年の秋、俗に赤新聞とよばれている大阪日日新聞の音楽コンクールで、彼の三人の弟子たちが三人とも殆ど最高点に近い成績を取った。「それ見ろ」 と庄之助は呟・・・ 織田作之助 「道なき道」
出典:青空文庫