・・・――これが当時の定評であった。 が、板倉佐渡守だけは、この定評をよろこばない。彼は、この話が出ると、いつも苦々しげに、こう云った。「佐渡は、修理に刃傷されるような覚えは、毛頭ない。まして、あの乱心者のした事じゃ。大方、何と云う事もな・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・葉ばかりでなく、大阪という土地については、かねがね伝統的な定説というものが出来ていて、大阪人に共通の特徴、大阪というところは猫も杓子もこういう風ですなという固着観念を、猫も杓子も持っていて、私はそんな定評を見聴きするたびに、ああ大阪は理解さ・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・彼の弾くヴァイオリンが一人前のものだという事は定評であるらしい。かなりテヒニークの六ヶしいブラームスのものでも鮮やかに弾きこなすそうである。技術ばかりでなくて相当な理解をもった芸術的の演奏が出来るらしい。 それから、子供の時に唱歌をやっ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・リーの猟奇的な探偵趣味よりもむしろウィリアム・パウェルという男とマーナ・ロイという女とこの二人の俳優の特異なパーソナリティの組み合わせと、その二人で代表された特異な夫婦間の情味にかかっているというのが定評となっているようである。ある人はこの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・由来西鶴の武家物は観察が浅薄であり、要するに彼は武士というものに対する認識を欠いていたというのが従来の定評のようで、これも一応尤もな考え方であると思うが、しかしこれについて多少の疑いがないでもない。『武道伝来記』に列挙された仇討物語のどれを・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・に出て来る一人が奥氏であるというのが定評になっているようである。 学校ではオピアムイーターや、サイラス・マーナーを教わった。松山中学時代には非常に綿密な教え方で逐字的解釈をされたそうであるが、自分らの場合には、それとは反対にむしろ達意を・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・日本の看護婦は、その人々の気立てによって、親切でやさしい人も少くないけれども、一般として、訓練が不足しているということは定評でした。ですから、昨今は、日本の看護婦の能力の水準を国際的な高さにまでひき上げるための規則もやかましくなったわけでし・・・ 宮本百合子 「生きるための協力者」
・・・ジャーナリズムの上での批評家の批評のとおりに見ることや所謂定評に自分の鑑賞をあてはめてゆく態度は、客観的とは反対の、常識追随である。 この判断ということは、いろいろ面白い。非常に生活的なもの、複雑なものということで面白い。私たちの生・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・井戸だし、少し不便だし、だからその位なのであろうという定評です。 達治さん[自注11]がこの一月二十日頃に入営することを叔父上がお話しになりましたか? その前に出来たらあなたに会われたらいいと思ったし母様の御出京の話もあったので、とりい・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 壺井さんのそういう人柄は『暦』一巻のあらゆる作品の中に溢れていて、どんな読者もその人柄に感じる平明な温い積極な親しさについては既に一つの定評をなしている。 けれども、壺井さんについていわれるその人柄のよさというもの、虚飾なさ、健全・・・ 宮本百合子 「『暦』とその作者」
出典:青空文庫