・・・だから、気分的には新たなつよい、晴やかで情趣深い恋愛が求められているとしても、男女の社会関係の実体は、ふるい世界の鎖にからみつかれている有様である。 基本的な社会関係までを自分の問題としてとりあげる迫力がなく、しかも常に朗らかでばかりあ・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・四年前の八月十五日、ポツダム宣言を受諾した日本の政府が、誠意をもって破滅した日本の社会再建のために奮闘して来たならば、日本の民主化というものはもう少し社会感情としても実体をもってすすんで来たはずです。正直に、おだやかに働いて生きることを求め・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・その期間ソヴェトに関して出版されたものは、軍、外務省の情報機関を通じたものであり、構想敵の実体調査であった。反人民的な本質に立つものしか許されなかった。 この十数年間は、作者の生活波瀾もはげしく、度々の検挙や投獄で、三二年ごろ書いたソヴ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・というものの実体も、現実を掘り下げてみれば、ぶつかっているのはマルクシズムよりも、より手前にある治安維持法の威嚇である。多くの人は、人間が野蛮と暴力に耐えがたいという自然な弱さで――それだからこそ人民は非人間的権力や戦争に反対してたたかうこ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・だのにそれを表現してつたえてはいけないということは、永年ものを書いて生きてきた自分にとって、自分という存在が実体を失って影だけになって、動いているように信じがたく、変なのであった。 稲子さんが、そのころ住んでいた家は、上り口のつきあたり・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ 菊池寛は、歴史的題材をあつかったあらゆるテーマ小説で、封建的な勇壮の観念、悲愴の伝統、絶対性への屈服、恩と云い讐というものの実体等に対して、真正面からの追究を試みている。菊池寛は文学的出発において、バアナード・ショウの影響を蒙って一種・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・を提唱する作家たちのような内容づけと、大衆自身が自分たちの生活と年齢との中で実際感じている大人の実体との間に、前述のように質の全く違う理解を生じるに至っている。 少年、青年時代は、人の一生を見てもある点模倣がつよい。一国の文化、文学につ・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・ 明治以来つい最近まで七十年余に、日本の文化は極めて不健全な実体をもって来た。世界の多くの国々をみれば、人口の過半を占める婦人たちは、遙か昔に、自分たちの生活する社会の運営に参加している。そして、その自然な経過として、先ず身近な地方自治・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・その歴史的な亀裂の間から、肉体派小説論、中間派小説論が日本小説のフィクション性を主張して湧き出たが、その文学の空虚な実体があきられて、記録文学の流行を導き出し、その目新しさも忽ち古びて現在では実名小説がはやりはじめた。その実名小説も多くは、・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・やがて そろそろ 耀きの実体が見え憧憬と帰依とが 全心を占める。真の芸術への直覚。 然し、此時多くの 友達と、所謂読者はお前を離れるだろう彼等には あまり ひためんだからあんまり 掴む あぶはち、とんぼ が ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
出典:青空文庫