・・・なにしろ私は私の実情から出発する。私がもし第一の芸術家にでもなりきりうる時節が来たならば、この縷説は鶏肋にも値せぬものとして屑籠にでも投じ終わろう。 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・そして、その生活と芸術との間に、正しい関係を持ちきたしたいと苦慮している、これが私の心の実状である。こういう心事をもって、私はみずからを第一の種類の芸術家らしく装うことはできない。装うことができないとすれば、勢い「宣言一つ」で発表したような・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・この実状を眼前にしながら、クロポトキン、マルクス、レーニンらの思想が、第四階級の自覚の発展に対して決して障礙にならないばかりでなく、唯一の指南車でありうると誰が言いきることができるだろう。だから私は第四階級の思想が「未熟の中にクロポトキンに・・・ 有島武郎 「片信」
・・・今日の文人の見識としてはさもあろうが、今から四十年前――あるいは今日でもなお――俳優が大臣のお伴をするは社会の実情上決して屈辱ではなかった。かつ、井侯は団十郎をお伴につれていても芸術に対する理解があったは、それまで匹夫匹婦の娯楽であって士太・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・それは矢張り政党等の内幕にあるような実情問題であった。何れの社会でも今日の状態ではきたない事はある。それが小学校に於て児童の事に関して存在するを見るのは誠に忌まわしいものだ。 小学校の教育が学術そのものよりも人間の感化にある事は何人も認・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・けて、都会の生活は、新聞に、雑誌に、実際をきくこと屡々なるけれど、今日の田舎の生活は、真実にして、尚お、階級意識の支持者たる、真のプロレタリア作家の筆に俟たなければ、いまだ真の地の叫びをきくに至らない実状にあります。都会の新興文学を思うにつ・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・『弁証法と自然』において、唯物弁証法を発展させ、『英国における労働階級の境遇』において、自由競争下の労働者の悲惨な実状を論じた。ラサールはマルクスと異なり、理念に導かれた人間の道徳的意志が歴史の発展を導き得るとなした。彼は個人主義の法治国家・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・鎌倉の五年間に彼は当時鎌倉に新しく、時を得て流行していた禅宗と浄土宗との教義と実践とを探求し、また鎌倉の政治の実情を観察した。彼の犀利の眼光はこのときすでに禅宗の遁世と、浄土の俗悪との弊を見ぬき、鎌倉の権力政治の害毒を洞察していた。二十・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・なぜならば、私の実行的人生に対する現下の実情は、何らの明確な理想をも帰結をも認め得ていないからである。人生の目的は何であろうか。われらが生の理想とすべきものは何であろうか。少しもわかっていない。 もちろんかような問題に関した学問も一通り・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・けれども、そんな実情を打明けたら、客は居心地の悪い思いをする。大隅君は、結婚式の日まで一週間、私の家に滞在する事になっているのだ。私は、大隅君に叱られても黙って笑っていた。大隅君は五年振りで東京へ来て、謂わば興奮をしているのだろう。このたび・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫