・・・ 無言の何分かが過ぎ去った後、突然少将は室外に、かすかなノックの音を聞いた。「おはいり。」 その声と同時に室の中へは、大学の制服を着た青年が一人、背の高い姿を現した。青年は少将の前に立つと、そこにあった椅子に手をやりながら、ぶっ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 室内のこの人々に瞻られ、室外のあのかたがたに憂慮われて、塵をも数うべく、明るくして、しかもなんとなくすさまじく侵すべからざるごとき観あるところの外科室の中央に据えられたる、手術台なる伯爵夫人は、純潔なる白衣を絡いて、死骸のごとく横たわ・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ 声が室外へ漏れんように小さく囁き合った。「やっぱし、怪我をして内地へ帰るんが一番気が利いてら。」「こん中にゃ、だいぶわざと負傷してきた奴があるじゃろうがい?」大西は無遠慮に寝台を見まわした。「そういう奴は三等症だぞ。」「三・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 看護婦は毎朝これらの花鉢を室外へ持ち出して水をやってくれた。そのたびごとに廊下でだれかが「マアきれいな花ですこと」とぎょうさんにほめる声が聞こえた。ベコニアや蘭の勢いのいいのに比べて、ポインセチアは次第に弱るように見えた。まっすぐに長・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・職工の中に吉江教授が交じって寝台に手をかけておられるのも目にはいった。室外の廊下に出て見ると高木さんや中川さんの顔も見えた。みんな外の方を向いて自分の顔を見ないように勉めているらしく思われた。ここで幌を着せられたから自分の眼界はただ方幾寸く・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・自分の関係しているある研究所の居室の室外にこの木の大木のこずえが見えるが、これが一様に黄葉して、それに晴天の強い日光が降り注ぐと、室内までが黄金色に輝き渡るくらいである。秋が深くなると、その黄葉がいつのまにか落ちてこずえが次第にさびしくなっ・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
・・・しかるにこれらの温度や気流等はまた室内のみならず室外全宇宙の現象の影響を受けぬ訳には行かぬ。なおこのような影響を及ぼすものを列挙すれば巻を更えても尽す事は出来まい。 それならばペンの目方を指定しその落下の状況を予知するには、単に緯度や高・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・そうとは知らず彼は古い世界の片すみの一室にただ一人閉じこもっていて、室外の世界も彼と同様に全く昔のままで動いているような気がしていたのである。ところが、すすけた象牙の塔はみじんに砕かれた。自分はただ一人の旧世界の敗残者として新世界のただ中に・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・と、お熊は室外へ出た。「本統に誰かよこしておくんなさいよ。お梅どんがどッかいるだろうから、来るように言ッておくんなさいよ」と、小万も上の間へ来ながら声をかけたが、お熊はもういないのか返辞がなかッた。「あんないやな奴ッちゃアないよ。新・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫