・・・第二には、両親は逗子とか箱根とかへ家中のものを連れて行くけれど、自分はその頃から文学とか音楽とかとにかく中学生の身としては監督者の眼を忍ばねばならぬ不正の娯楽に耽りたい必要から、留守番という体のいい名義の下に自ら辞退して夏三月をば両親の眼か・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・たいていは家中のものの射抜いた金的を、射抜いたものの名前に添えたのが多い。たまには太刀を納めたのもある。 鳥居を潜ると杉の梢でいつでも梟が鳴いている。そうして、冷飯草履の音がぴちゃぴちゃする。それが拝殿の前でやむと、母はまず鈴を鳴らして・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・何だか修学旅行の話が出てから家中へんになってしまった。僕はもう行かなくてもいい。行かなくてもいいから学校ではあと授業の時間に行く人を調べたり旅行の話をしたりしなければいいのだ。 北海道なんか何だ。ぼくは今に働いて自分で金をもうけてどこへ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ びっくりして跳ね起きて見ましたら外ではほんとうにひどく風が吹いてうしろの林はまるで咆えるよう、あけがた近くの青ぐろいうすあかりが障子や棚の上の提灯箱や家中いっぱいでした。 一郎はすばやく帯をしてそれから下駄をはいて土間に下り馬屋の・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」「早いからねえ。」「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒のようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんな・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 足が痛い痛いと云いながら私が家中□(走して居るのを皆が笑って誰も取り合わない。 すっかり飾って仕舞うと三時近い。 顔が熱くなって唇がブルブルして居る。 S子の顔を見るまでは落つけないのだから―― 今ベルがなるか今ベルが・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・ 眠りたいだけ眠り、気の向いた時食べ、そして何をするでもなくノソノソ家中歩き廻って居る。 それでもまあ、少しばかり読んだり書いたりする位が人間らしい。 何か読むか書くかしなければ居られない私がその仕事を取りあげられて仕舞うと「ど・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・それは殿様がお隠れになった当日から一昨日までに殉死した家臣が十余人あって、中にも一昨日は八人一時に切腹し、昨日も一人切腹したので、家中誰一人殉死のことを思わずにいるものはなかったからである。二羽の鷹はどういう手ぬかりで鷹匠衆の手を離れたか、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・近所のものが誰の住まいになるのだと云って聞けば、松平の家中の士で、宮重久右衛門と云う人が隠居所を拵えるのだと云うことである。なる程宮重の家の離座敷と云っても好いような明家で、只台所だけが、小さいながらに、別に出来ていたのである。近所のものが・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・一家中に、主君に直言するごとき家来は、五人か三人くらいしかないであろう。大部分は軽薄をいうのが通例である。それを心得ていないで怒るというのは、ばかというほかはない。 大将がばかであるゆえに起こってくる結果は、同じようなばか者を重用すると・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫