・・・今のように何もせずにいると、秀麿はいつも内には事業の圧迫と云うような物を受け、外には家庭の空気の或る緊張を覚えて、不快である。 秀麿は「又本を読むかな」と思った。兼ねて生涯の事業にしようと企てた本国の歴史を書くことは、どうも神話と歴史と・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・この間、栖方の家庭上にはこの若者を悩ましている一つの悲劇があった。それは、母の実家が代代の勤皇家であるところへ、父が左翼で獄に入ったため、籍もろとも実家の方が栖方母子二人を奪い返してしまったことである。父母の別れていることは絶ちがたい栖方の・・・ 横光利一 「微笑」
・・・木曜会に時々顔を出したころの私は、そんなことをまるで考えてもみなかったが、後に漱石の家庭の事情をいろいろと知るに及んで、その点に思い及ばざるを得なかったのである。日本で珍しいサロンを十年以上開き続けていたということは、決して犠牲なしに行なわ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫