・・・ 昔は水戸様から御扶持を頂いていた家柄だとかいう棟梁の忰に思込まれて、浮名を近所に唄われた風呂屋の女の何とやらいうのは、白浪物にでも出て来そうな旧時代の淫婦であった。江戸時代の遺風としてその当時の風呂屋には二階があって白粉を塗った女が入・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・ 女を置いて帰って行く時、給金はどうでも好いが、 家柄も相当でございますから嫁にもあんまりな所へやりたくないって申して居りますから少しずつは進歩して行く様に御心がけ下さって。と云って行った。 千世子は何だか肩が重くな・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 他人の前でも、地面に唾を吐きながら、彼女の持っているあらゆる侮蔑を何の隠すとてもなく現わしても、不思議に思う者はない。 家柄は禰宜様――神主――でも彼はもうからきし埒がないという意味で、禰宜様宮田という綽名がついているのである。・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 母の生れた西村という家は佐倉の堀田家の藩士で、決して豊かな家柄ではなかったらしい。しかし葭江と呼ばれた総領娘である母の娘盛りの頃は、その父が官吏として相当な地位にいたために、おやつには焼きいもをたべながら、華族女学校へは向島から俥で通・・・ 宮本百合子 「母」
・・・ロザリーは、ハリ・オックレーブと云う、家柄のよい売り出しの弁護士と結婚しました。始めから終りまで、彼女の要求通りの条件で。 結婚後も、母となっても、自分の仕事は持続すること。 収入に準じた率で生活費も負担して行くこと。 ロザリー・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・をつけて自分の姓を呼んだが、バルザックの実際の家柄は貴族などではなく、彼が後年獰猛なのがその階級の特性だと云った農民バルザの孫息子である。 父親のベルナールはタルン県の村を出て学問をうけ、大革命時代には弁護士をやった。後、陸軍の経理部に・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・先代が格別入懇にせられた家柄で、死天の旅のお供にさえ立ったのだから、家中のものが羨みはしても妬みはしない。 しかるに一種変った跡目の処分を受けたのは、阿部弥一右衛門の遺族である。嫡子権兵衛は父の跡をそのまま継ぐことが出来ずに、弥一右衛門・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・これを持ち伝えておるからは、お前の家柄に紛れはない。仙洞がまだ御位におらせられた永保の初めに、国守の違格に連座して、筑紫へ左遷せられた平正氏が嫡子に相違あるまい。もし還俗の望みがあるなら、追っては受領の御沙汰もあろう。まず当分はおれの家の客・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・のは、折ふし怪しからぬお噂をする事があって、冬の夜、炉の周囲をとりまいては、不断こわがってる殿様が聞咎めでもなさるかのように、つむりを集めて潜々声に、御身分違の奥様をお迎えなさったという話を、殿様のお家柄にあるまじき瑕瑾のようにいいました。・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・単なる家柄の代わりに実際の統率力や民衆を治める力が必要となったのである。だから政治的才能の優れた統率者が、いわゆる「群雄」として勃興して来た。彼らを英雄たらしめたのは、民衆の心をつかみ得る彼らの才能にもよるが、また民衆の側の英雄崇拝的気分に・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫