・・・椿岳を語る前に先ずこの不思議な人物を出した淡島氏の家系に遡って一家の来歴を語るは、江戸の文化の断片として最も興味に富んでおる。一 淡島氏の祖――馬喰町の軽焼屋 椿岳及び寒月が淡島と名乗るは維新の新政に方って町人もまた苗字を戸・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・互いの家系と写真と、それから中に立った山田勇吉君の証言だけにたよって、取りきめられた縁である。何せ北京と、東京である。大隅君だって、いそがしいからだである。見合いだけのために、ちょっと東京へやって来るというわけにも行かなかったようである。き・・・ 太宰治 「佳日」
・・・女が勢いのある家系であった。曾祖母も祖母も母も、みなそれぞれの夫よりも長命である。曾祖母は、私の十になる頃まで生きていた。祖母は、九十歳で未だに達者である。母は七十歳まで生きて、先年なくなった。女たちは、みなたいへんにお寺が好きであった。殊・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・高野の血を受け継いで生きているのは、いいか、おまえひとりだ。家系は、これは、大事にしなければいけないものだ。いまにおまえにも、いろいろあきらめが出て来て、もっと謙遜になったとき、家系というものが、どんなに生きることへの張りあいになるか、きっ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・もし入江の家系に、非凡な浪曼の血が流れているとしたならば、それは、此の祖父から、はじまったものではないかと思われる。もはや八十を過ぎている。毎日、用事ありげに、麹町の自宅の裏門から、そそくさと出掛ける。実に素早い。この祖父は、壮年の頃は横浜・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・社会の形成の変遷につれ次第に財産とともにそれを相続する家系を重んじはじめた男が、社会と家庭とを支配するものとしての立場から、その便宜と利害とから、女というものを見て、そこに求めるものを基本として女らしさの観念をまとめて来たのであった。それ故・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・これまで日本歴史の家系譜の中にはっきり名が現われている婦人は藤原家も道長の一族で后や、中宮になったり王子の母となったりした女性だけである。美しきヘレネのように、藤原一族の権力争いのために利用価値のあるおくりもの、または賭けものであった婦人達・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・父権につれて尊重され始めた家系というものがその利害や体面のため、同族の女性をどれほど犠牲にして来たかということは、日本の武家時代のあわれな物語の到る所に現れている。ヨーロッパでも家門の名誉ということを、その財産の問題とからめて極端に重大に視・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・に同じ作者によって書かれている自分の家系の物語、愛子物語をあわせ読むと、舟橋氏のヒューマニズムが一般人間性の観念にあやまられ、血肉の情に絡まって今日、どのような洞に頭を向けているかが実に明瞭に分るのである。 このハッピー・エンドのヒュー・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫