・・・今年は朝顔の培養に失敗した事、上野の養育院の寄附を依頼された事、入梅で書物が大半黴びてしまった事、抱えの車夫が破傷風になった事、都座の西洋手品を見に行った事、蔵前に火事があった事――一々数え立てていたのでは、とても際限がありませんが、中でも・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・自分はこの時こう云う寄附には今後断然応ずまいと思った。 四人の客は五人になった。五人目の客は年の若い仏蘭西文学の研究者だった。自分はこの客と入れ違いに、茶の間の容子を窺いに行った。するともう支度の出来た伯母は着肥った子供を抱きながら、縁・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ 僕は小学校を卒業する時、その尾羽根の切れかかった雉を寄附していったように覚えている。が、それは確かではない。ただいまだにおかしいのは雉の剥製を貰った時、父が僕に言った言葉である。「昔、うちの隣にいた××××という人はちょうど元日の・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・入口に近い机の上では、七条君や下村君やその他僕が名を知らない卒業生諸君が、寄附の浴衣やら手ぬぐいやら晒布やら浅草紙やらを、罹災民に分配する準備に忙しい。紺飛白が二人でせっせと晒布をたたんでは手ぬぐいの大きさに截っている。それを、茶の小倉の袴・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・ 猿股を配ってしまった時、前田侯から大きな梅鉢の紋のある長持へ入れた寄付品がたくさん来た。落雁かと思ったら、シャツと腹巻なのだそうである。前田侯だけに、やることが大きいなあと思う。 罹災民諸君が何日ぶりかで、諸君の家へ帰られる日・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・私はそれを諸君全体に寄付して、向後の費途に充てるよう取り計らうつもりでいます。 つまり今後の諸君のこの土地における生活は、諸君が組織する自由な組合というような形になると思いますが、その運用には相当の習練が必要です。それには、従来永年この・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・君の名を知らんもんだからね、どんな容子の人だと訊くと、鞄を持ってる若い人だというので、(取次がその頃私が始終提げていた革の合切袋テッキリ寄附金勧誘と感違いして、何の用事かと訊かしたんだ。ところが、そんなら立派な人の紹介状を持って来ようとツウ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・「それなら、大学の研究室へ寄付していただきましょう。ひじょうに、有益な研究資料となるのです。私が、多年探していたものが手に入って、うれしいのです。」 そして、博士は、なにかお礼をしたいといいました。 信吉は、けっして、お礼などの・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・「――いっそ木の枝に『この木一万三千円也』と書いた札をぶら下げて置くと良いだろう」 と、皮肉ってやると、お前はさすがにいやな顔をした。「諸事倹約」「寄附一切御断り」などと門口に貼るよりも未だましだが、たとえば旅行すると、赤帽に二十円、宿・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・細君は店へ顔出しするようなことは一度もなく、主人が儲けて持って帰る金を教会や慈善団体に寄附するのを唯一の仕事にしていた。ほんまに大将は可哀相な人だっせと仲居は言うのだったが、主人の顔には不幸の翳はなかった。 しかし、ある夜――戦争がはじ・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫