・・・ 自由意志と宿命と 兎に角宿命を信ずれば、罪悪なるものの存在しない為に懲罰と云う意味も失われるから、罪人に対する我我の態度は寛大になるのに相違ない。同時に又自由意志を信ずれば責任の観念を生ずる為に、良心の麻痺を免れるから・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・それは僕に親切だった友人の死んだ為と言うよりも、況や僕に寛大だった編輯者の死んだ為と言うよりも、寧ろ唯あの滝田君と言う、大きい情熱家の死んだ為だった。僕は中陰を過ごした今でも滝田君のことを思い出す度にまだこの落莫を感じている。滝田君ほど熱烈・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎氏」
・・・が、ドウしてYに対してのみ寛大であったろう。U氏は「沼南は不可解だ、神乎愚人乎」とその後しばしば私に話したが、私にも実はマダ謎である。 沼南が議政壇に最後の光焔を放ったのはシーメンス事件を弾劾した大演説であった。沼南の直截痛烈な長広舌は・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・女学校の先生たちは盛んに男女交際を鼓舞し、結婚の自由を主張し、男女の学生が自由に往来するを少しも干渉しないのみならず、教師自身が率先して種々の名目の下に青年男女を会同し、自由に野方図に狎戯け散らすのを寛大に見た。随って当時の女学校の寄宿舎の・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・すると「近藤は、この近藤はシカク寛大なる主人ではない、と言ってくれ!」と怒鳴った。「何だ?」と坐中の一人が驚いて聞いた。「ナニ、車夫の野郎、又た博奕に敗けたから少し貸してくれろと言うんだ。……要領を得ないたア何だ! 大に要領を得・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ダンテは神曲においてポーロとフランチェスカとの不義の愛着を寛大に取り扱った。しかしながら現代の男女としてはかような情緒にほだされていわゆる濡れ場めいた感情過多の陥穽に陥るようなことはその気稟からも主義からも排斥すべきであって、もっと積極的に・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ですから私の就学した塾なども矢張り其の古風の塾で、特に先生は別に収入の途が有って立派に生活して行かるる仁であったものですから、猶更寛大極まったものでした。紹介者に連れて行って貰って、些少の束修――金員でも品物でもを献納して、そして叩頭して御・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・ 何事も寛大に考えてください。おまえたちの力になろうとするとうさんの心に変わりはないのですから。 それから、とうさんが生活を変えると言ったら、事あれかしの新聞記者なぞに大袈裟に書き立てられても迷惑しますから、しばらくこの手紙の内容は・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・それは僕の無頓着と寛大から来ているという工合いに説明したいところであるが、ほんとうを言えば、僕には青扇がこわかったのである。青扇のことを思えば、なんとも知れぬけむったさを感じるのである。逢いたくなかった。どうせ逢って話をつけなければならない・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・めくら蜘蛛、願わくば、小雀に対して、寛大であられんことを。勿論お作は、誰よりも熱心に愛読します心算、もう一言。――君に黄昏が来はじめたのだ……君は稲妻を弄んだ。あまり深く太陽を見つめすぎた。それではたまらない……めくら草紙の作者に、この言葉・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫