・・・ 槇と云う名からして中年の寛容な父親を思わせる様なのに、くるくるとまといつかれても一向頓着しずに超然として居る様子が如何にもいい。 知らないうちに、昔の御大名の毛鎗の様な「けいとう」だの、何とあれは云ったか知らんポヤポヤした狐の尾の・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・そのための試みという名目のもとには、少からぬ寛容が示されて来た。しかし文学現象は、その寛容の谷間を、戦後経済の濁流とともにその日ぐらしに流れて、こんにちでは、そのゴモクタが文学の水脈をおおいかくし、腐敗させるところまで来ている。ちかごろあら・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ 異性が異性を見る場合に、兎角起り勝ちな、又、殆ど総ての場合に附帯して来る、多大の寛容と、多大の苛酷さが、アメリカの婦人に対しても両方の解決を与えるのだと思います。 まして、現代の日本の男性に表われて居る二つの型――勿論其は至極粗雑・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・コップへ半分ばかり温めて頂戴 私はお茶を牛乳とのむんだから―― お茶は戸棚に入ってる モスクでは まだ、身動きの出来ぬ病人はよごれて寝て居ても当人やニャーニカの恥辱にはならぬ、寛容があるらしい。午前七時に当直のニャーニカが入って来て・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・ 彼女は、自分の願望を成就させるに熱中した。 寛容な、謙譲な愛によって仲よく、睦しく助け合って行く自分達を想い、心が安らかに幸福な一群が、楽しく元気よくほんとの「自分達の働き」にいそしむ様子を描きながら、自分の許されている範囲におい・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・めのない悲しさに、その日その日を味気なく送って居る人も、 K子の様に、ああした境遇に自分の好みで落ちて行く人も、皆この地球と云う丸い動く球の上にのって居るのだと思うと、地球と云う者の度量の広さと、寛容さが面白い。 如何なる罪悪も、善・・・ 宮本百合子 「曇天」
・・・ 何より彼より、一番大まかで、寛容でなければならない筈の主人が、重箱の隅ほじりなので、事実以上に種々思って居た事が無いでもあるまいと正直なところ思う。 それでも奥さんがピリッとした人なら、するだけの事はうまく感じよくやってのけたかも・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・愛する――というのは、妥協し、寛容し、黙認し、許すことだ。が、民衆の無知を黙認し、その迷妄と妥協し、そのすべての卑屈さを寛容し、その野獣性を許すことが出来るかね? ニェクラーソフに溺れていたんじゃ何一つ出来ない。百姓は教えられなければいけな・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ といつも云うだけで、どういう心の習練か恐るべき寛容さを持ちつづけて崩さなかった。 四番目の叔母は私の母とは一つ違いの妹だった。でっぷりよく肥えた顔にいちめん雀斑が出来ていて鼻の孔が大きく拡がり、揃ったことのない前褄からいつも膝頭が・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・八世紀の偶像破壊運動は、キリスト教の聖者像をさえも寛容しようとしないものであった。 やがて新しい時代が来た。地を掘る反キリストの徒は穴の底から歓喜にふるえる声で「偶像、偶像」と呼んだ。古代の赤煉瓦の壁の間に女神の白い裸身は死骸のごとく横・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫